タイムパラドックス乃梨子板ばさみ No.118 [メール] [HomePage]
作者:まつのめ
投稿日:2007-09-12 14:53:04
(萌:0
笑:4
感:0)
お久しぶりです。まつのめです。間が開いてもはや誰もついて来ないと思いますが、まだ行きます 【Ga:2315】→【Ga:2320】→【Cb:114】→【Cb:115】→【Cb:116】→【Cb:117】→ (終わりが中途半端・混ぜ過ぎ危険)
4−1
それは、見るからに民間用ではない小型機に乗り換えた後のこと。 中継の島を出発してから二時間と少し。 当初は黒っぽかった海の色が明るいマリンブルーに変化して『南の海に来ましたよ』ってちょっとだけ浮かれた気分になったのだけど、それもそろそろ冷めてきた頃。 『もうじき目的地に到着する』とメリッサさんに言われて、「ああ、そうなのか」と水平線を眺めつつ、青い海にぽっかりと浮かぶ白い砂浜に囲まれた小さな島を、なんとなく思い浮かべた直後のことだった。 突然、爆発音と共に飛行機が激しく揺れた。 メリッサさんは、素早く操縦席の方へ行ってあっという間に帰って来てこう言ったのだ。 「これ、落ちるから脱出するよ」 「え、ええ!?」 そして、荷物を大きな袋に入れたり身体に救命胴衣やらバンドを巻かれているうちに、気が付くとメリッサさんのお腹の辺りと乃梨子の背中が固定されていて、そうしている間にも飛行機はどんどん高度を下げていて……。 「もしかして、飛び降りるんですか?」 すでに目の前に乗降口が開いていた。 「気絶すんなよ。溺れるから」 「えっ? えええええええええええーー……」 叫びながら、乃梨子は空中に飛び出していた。
視界一杯に真っ青な海と青い空。 まぶしい太陽。 さっきまで乗っていた飛行機はもうはるか遠く、小さくて見えない。
なんて開放感――……。
すぐに、ガクンと衝撃があり、乃梨子の視界が闇に覆われた。
□
「きゃっ!」 なにか柔らかいものに突っ込んだ。 あまりに唐突な変化に一瞬何が起こったか判らず、乃梨子は少しの間、そこに突っ伏していた。 「……って、ここは?」 が、身体を起こして周りを見回して、その見覚えのありまくる場所に乃梨子はやっぱり訳がわからず混乱した。 窓には明るい色のカーテン。 そのカーテン越しに日差しが部屋を柔らかく照らし出している。 少し離れてパソコンのモニタとキーボードのある机。 乃梨子は布団の上。 つまり、これは。 「夢? ……だった?」 360度、真っ青な大パノラマな景色が、一転して気が付けばそこは自分の部屋のベッドの上だったのだ。 (でも、何処から?) 今までのことを思い出しつつ、思考をめぐらしていて、乃梨子はベッドの上にある見慣れない色彩に気付いた。 ……迷彩カラーの布(?)だった。 なにかしら、と思って背後に振り返ると、そこには……! 「きゃ……!」 目を見開いて少し青ざめたメリッサさんの顔がこちらを凝視していた。 最初、彼女は放心してたようだったが、目が合ったと同時に目に光が灯り、素早く乃梨子の口を塞ぎいでうつ伏せに組み伏せた。 (……メリッサさんが居るってことは?) ベッドに押し付けられながら、これは夢なんかじゃなく、乃梨子はまだ進行中の異常事態の中に居ることを知った。 乃梨子が声を出そうともがいていると、彼女は呟くように言った。 「ノリコ? ……だよな?」 口を塞がれているのでこくこくと頭を振った。 それを見たメリッサさんは次にこう聞いた。 「ここはお前の知っている場所か?」 当然、ここは乃利子の部屋なので答えは肯定だ。 乃梨子が頷くと彼女は口を塞ぐ手を離して、乃梨子を開放してくれたが、今度は正面を向かせて両肩を掴んで激しく前後に揺すりながら、どういう訳か眉をつり上がらせ、唾を飛ばしつつ、かなり早口で言った。 「ここは何処なんだ? おまえ何をした? もしかして燃料タンクと片側エンジンを破壊したのもおまえの仕業なのか? 『おまえはWITCHか?』と聞いたとき『違う』と答えたのは嘘だったのかどうなんだ!?」 「あっ、あの、落ち着いてください、とにかく落ち着いてください」 「何を言うか。私は冷静だ!」 そうやって声を張り上げるメリッサさんは、乃梨子の目にも結構テンパってみえた。 「あの、ですね、ここは私の部屋です。でも私もなんでこうなったのか判りません」 「判らない? 本当なのか?」 「嘘を言って何になります?」 「おまえが実はWITCHの一人で非常識な力で私を巻き込んで自宅に帰ったということではないのか?」 「そんなことが出来るなら昼間の時点でしてますよ」 乃梨子がそう言うと、メリッサさんはようやく手を離してくれた。 「それもそうだな……」 軍人だからなのか、もともと彼女の気質なのか、メリッサさんはこんな非常識な事態でも乃利子の言うことをちゃんと冷静に受け止めていた。
「腑に落ちないことがある」 メリッサさんが言った。 「なんでしょう?」 「私は野戦服を着ていた筈だ。なのに服だけでなく装備も一切なくなっているのは何故だ? これは非番の時の服装だぞ」 彼女は迷彩模様のハーフパンツに黒のタンクトップと、非常にユルい格好だった。 というか、乃梨子の方も、制服を着ていたはずなのに、その制服は壁のハンガーに掛かっていて、パジャマ姿だった。 (……まさか) 嫌な予感がした。 それもとびきりの。 恐る恐る、乃梨子は言った。 「ええと、メリッサさん、一番最近でその服装をしていたのはいつだったか覚えていますか?」 おかしなことを聞くなあ、という顔をしたが、彼女は言った。 「一昨日の夜、いや昨日の朝だな。一昨日は基地に居たからな。命令が下って日本に来たのが昨日の昼だから……」 「ええと16日の朝はその格好だったんですね?」 「それがどうかしたのか?」 乃梨子はメリッサさんの疑問には答えず、同居人への言いわけを考えていた。 乃利子の考えが正しければ、もうすぐ乃利子の携帯を持った菫子さんが部屋のドアを開ける筈だからだ。 「あの、メリッサさんは留学生で、私の友達って事にしておいてください」 「はぁ?」 「と、とにかく……」 言い終わらないうちに、部屋のドアが開いた。 「朝っぱらから何を騒いでるんだ……い?」 「あ、おはよう菫子さん」 突然の侵入者にメリッサさんが襲い掛からないようにと、乃梨子は彼女の肩を抱きかかえるようにした。 そんな乃梨子に、いや、乃梨子だけだと思った部屋に第三者が居たからだろう、菫子さんは目を丸くしていた。 「あ、あのね、この子は私の友達なの。昨日の夜中に突然訪ねてきてね。遅かったから泊めてあげたのよ」 普通に見れば、少々無理があるかもしれないが、相手は乃利子の三倍以上は人生を歩んできた菫子さんだ。 年齢差を考えれば、このメリッサさんだって『小娘』。十分通用する筈だ。 なにやら目を細めてメリッサさんを観察していた菫子さんだけど、 「……ふうん、いつのまに。気付かなかったねぇ」 疑ってる。疑ってるよ。 「夜遅かったから……」 畏まりつつ乃梨子がそういうと、菫子さんは特にそれ以上追求することも無く、乃利子の携帯を差し出して言った。 「まあいいさね。ほい、これアンタのだろ?」 「あ、ありがとう」 「で、今日も学校は行くのかい?」 「あ、うん」 「そうかい。着替えもしないでお友達とのんびりお喋りしてるなんて、てっきり行かないのかと思ったよ。だったら早くしな」 そして、菫子さんは台所の方へと戻っていった。
早速だけど、乃梨子は返された携帯で日付を確認した。 「……やっぱり」 日付の表示は『8月16日』だった。 横から乃梨子の携帯を覗いたメリッサさんが言った。 「時計狂ってるな。どうやったら二日も遅れるんだ?」 「いえ、これであってます。今日は16日です」 乃梨子が答えると、彼女は変な顔をして言った。 「馬鹿言うな。16日0800といったら私が作戦を知る前だぞ。私がここに居るわけが無かろう?」 「そうなんですよね。どうなってるんでしょう?」 さっき乃梨子が考えた通り、一昨日と同じ現象が起こったとすると、どうしてメリッサさんが一緒に居るのかが謎だった。 いや、その現象自体が謎なのだから、『どうして』も無いのなのだけど。 「貸してみろ。確か時計を合わせる機能が付いてるだろ?」 そう言いながら彼女は乃梨子から携帯を奪った。 「そうなんですか?」 「確か、こうやって、時刻設定を『自動』に……」 使ったことがある機種らしく、手際よく時刻設定のメニューを呼び出していた。 だが。 「……なってますね」 時刻合わせは『自動』になっていた。通話や通信の際に自動的に外部と時刻を同期する設定だ。 「……」 メリッサさんは眉根に皺を寄せて携帯の液晶を睨んでいた。 「あの?」 「ノリコ、あのPC使えるよな」 メリッサさんの視線は乃利子の机の上のパソコンのモニタに向いていた。
「馬鹿な……」 PCを立ち上げて、主要なニュースサイトの最新記事をチェックしたメリッサさんは唖然と立ち尽くしていた。 「……本当に時間が……だとすると……」 彼女はなにやらぶつぶつと呟いていたが、やがて、乃梨子を睨んでこう言った。 「何故おまえはそんなに落ち着いている。これはやはりお前の仕業なのか?」 「いいえ、私は二回目だからです」 「二回目?」 「原因とかさっぱりわかりませんけど……」
「つまり、お前は16日と17日を二回経験していて、また戻って今は三回目だってことか」 「そうなんです」 とりあえず、前回と前々回乃梨子が取った行動をかいつまんで説明した。 メリッサさんはどう反応して良いか困っているようだったが、乃梨子は続けた。 これからが重要な内容なのだ。 「それで、相談なんですけど……」 「こら、リコ!」 その話を始める前に菫子さんがまたやって来た。 「行くんだったら早くしな! お友達の分も朝食用意してあるよ!」 「あっ! うん」 乃梨子は慌てて立ち上がり、制服に着替え始めた。 メリッサさんのどこか愉快そうな視線を感じながら乃梨子は言った。 「ごめんなさい、続きは外に出てから」 「……そうだな」
「なんだい。家出でもしてきたのかい?」 朝食を終えて、家を出ようとした時のこと。 乃梨子はメリッサさんの履物が無いことを忘れていたのだ。 結局、菫子さんがサンダルを出してくれたのだけど、菫子さんの追求にメリッサさんは軽い口調でこう答えた。 「その辺は内緒ってことで」 「まあ、若いうちは色々あるさ。そのサンダルは返さなくていいよ」 「それでは、遠慮なく」 「図太い娘だねぇ。それなら何処へ行ってもやっていけるだろうさ。でも親にあんまり心配かけんじゃないよ」 「判ってますって」 と、メリッサさんは笑いつつ答えていた。 そんな感じで、あっという間に打ち解けた彼女を、菫子さんは特に疑っていないようだった。
「なかなか愉快な人だな、あんたの大叔母は」 「まあ、良くも悪くもああいうひとですから」 メリッサさんは部屋に居た時と同じタンクトップにハーフパンツのラフな格好、乃梨子はリリアンの制服で鞄を持って、駅に向かって歩いていた。 「で、話の続きだが」 「はい」 「相談とか言ったな? なんだ?」 「はい。実は……」 前回、前々回と乃梨子は、相良宗子に出会うことで非道い目にあって来た。しかも後の方がよりグレードアップしてるような気さえする。 なので、今回、また『戻った』のを機に、相良宗子に出会うのを『無かった事』にしたい、というのが乃梨子の相談の趣旨だった。 メリッサさんはそれを聞いてこう言った。 「だが、それについて私に何が出来る? 単純にノリコがあいつの居た場所に行かなければ良いだけじゃないのか?」 「それで済めば良いんですけど……」 「私からはなんとも言えんな。それよりノリコ」 「はい?」 「携帯を貸してくれ」 「携帯?」 「本当に時間が戻ってるなら、基地に連絡しておかないと色々不味いことになる」 「あ……」 そこで乃梨子は、メリッサさんはいきなり時間が戻っただけでなく場所も移動してしまっていることに思い至った。 「……でも基地って電話の通じる場所なんですか?」 結局行き着けなかったのだけど、基地は南海の孤島だって聞いている。 「直接は無理だ。だから連絡のつく支局にかけて伝言を頼むんだ」 電話代は後で振り込んでくれるというので、乃梨子はあまり考えずに自分の携帯を彼女に手渡した。 彼女が電話をかけた先は英語で話していたので何処か海外らしかった。 携帯を返してもらってから、乃梨子は彼女に聞いた。 「それで、この後どうするんですか? 私は学校へ行きますが」 改めてこんなことを言ったのは、昼過ぎにメリッサさんの仲間の相良宗子が学校に現れることを知っていたからだ。彼女だって当然知っている筈なので、合流するために学校へ来るかと思ったのだ。 でも彼女はこう言った。 「私は基地へ帰るさ」 「……そうですか」 つまり、さっきの電話は迎えを頼んだのであろう。
「もう二度と会うこともないだろうが、達者で暮らせよ」 結局メリッサさんとは駅前で別れ、乃梨子は一人で電車に乗って学校へ向かった。
この時、乃梨子がもう少し彼女と話し合っていれば、結果はもっと違っていたのかもしれない。 少なくとも、『前回』、メリッサさんの命令された作戦に乃梨子の名前が登場していたことを聞き出すことができていたら、もっと慎重に行動していただろう。
ばたばたしていたせいで、乃梨子が薔薇の館に到着したのは集合時間ぎりぎりだった。 当然メンバーは既に揃っていて、蕾達の仕事であるお茶の用意などを瞳子と菜々ちゃんに任せてしまった乃梨子は少々肩身の狭い思いで会議室の扉を開けたのだった。
「今、仕事少なめなんだよね。昨日だけで夏休み前に残してた分はおわっちゃったし」 三度目になるその祐巳さまの言葉を聞いて、乃梨子は「ふぅ」とため息をついた。 その様子を見られていたらしく、志摩子さんが心配そうに言った。 「どうしたの乃梨子、ため息なんかついて」 「う、ううん。なんでもないよ」 「そう? でも表情がすぐれないわ」 「ちょっと夏バテ気味だったから。でも平気」 色々ありすぎて、どう答えたら良いか判らないので、乃梨子はそう言って笑顔を作った。 「……それならいいけど」
流石に三回目となると、同じことを繰り返してることが良く判る。 同じ書類、同じ会話。乃梨子が多少うんざりして表情を曇らせているのも誤差の範囲で、午前中は殆ど同じ経過を辿った。 とはいっても、ただ黙々と事務作業をしているだけだから、変わりようもないのだけど。 そして。
「えーと、みなさん待望の仕事なんだけど、明日になるそうです」 「ええー!?」 不満げに大きな声を上げたのは黄薔薇さまたる由乃さま。 「申し訳ないけど今日はもう仕事がありません。よってこれで解散とします」 「やった」 「って、由乃さん、仕事したかったんじゃないの?」 「なんでよ」 「不満そうな声出してたじゃない」 「あれはお約束よ」 やっぱり同じ息の合ったやり取りが続き、乃梨子は……。 「乃梨子、どうしたの? そんなに仕事がなくなってしまったことが残念だったのかしら?」 「え? 違うよ。そんな顔してたかな?」 「今日の乃梨子はやっぱりどこか元気がないわ。なにかあったんじゃないの?」 元気がないというより、三回目になる同じやり取りにうんざりしていたのだ。 「な、なんでもないよ。あえて言えばちょっと暑さにうんざりしてたくらいで」 そう言って乃梨子はごまかした。少なくとも「うんざり」してるのは本当のことだ。 これ以上志摩子さんに心配をかけないように、乃梨子は会話を先に進めるべく次の台詞を言った。 「それより志摩子さん、今日はこれからなにか予定あるの?」 「ええ。実はあるのよ。ごめんなさい。私は今から家の用事で急いで帰らなくてはいけないの」 そして、乃梨子の記憶どおり、仕事が無くなろうが関係なく今日は午前中で抜けるつもりであったと言って、「本当にごめんなさい」と申し訳なさそうにしながら『前回』、『前々回』と同じように先に帰っていった。
さて、これからが正念場だ。 まず、一人学校に残るのは危険だ。 相良宗子はもう学校のどこかに居る筈だし。 となると。 「乃梨子ちゃん残念だったね」 「はい?」 「折角時間が出来たのに、志摩子さんが帰っちゃって」 「いえ、まあ、家の仕事じゃしょうがないですよ」 「で、これからどこかに寄って行こうと思うんだけど、乃梨子ちゃん、どうする?」 これだ。 ここで一緒に行く選択をすれば今日は相良宗子に会わずに済むはず。 「では、ご一緒させていただきます」 「志摩子さんは残念だったけど、こういうときはみんなの親睦を深めておかないとね」 祐巳さまがうんうんと頷きながらそう言って微笑んだ。 でも、懸案事項もある。 それは明日のことだ。 実際大きなトラブルは今日ではなく明日に発生している。 たとえ今を回避しても、それまでに宗子に出会う可能性がなくなったわけではないのだ。
片付けを終えて、皆で薔薇の館を出たあと、『今日も暑いね』とか『先ずはアイスクリーム屋さんに寄ろう』だとかこの後のことを話しつつ、炎天下の銀杏並木を抜けた。 マリア像のところでお祈りをして、校門に向かって歩き始めた時、乃梨子は講堂の方になんとなく視線を向けて、『いまあの向こうに宗子が居るんだ』などと思った。 でも『今回』はパス。一度、宗子と関わると、あとは雪だるま式にトラブルに見舞われるってことを前回と前々回で痛感したからだ。
でも――。
「やっぱり、志摩子さんが居ないとつまらない?」 そんな表情をしていたのだろうか。いつの間にか隣に来ていた祐巳さまが乃梨子の顔を覗きこんでいた。 ちなみに瞳子は祐巳さまの向こう側だ。 「え? いえ、そういうわけでは……」 「そうよね。乃梨子ちゃんはその辺切替が早いし。じゃあ、なにか心配事?」 なんだかんだでよく見ている。 さすが、紅薔薇さまといったところか。 高校の一学年の差は他の年代に比べて大きいとよく言われるが、祐巳さま程変化の大きな人は珍しいかもしれない。 乃梨子は一年生の時の祐巳さまを知らないが、聞いた話だと一年の時から比べると「そんなもんじゃない」んだそうだ。 まあ、それはともかく、話を本題に戻そう。 乃梨子の表情が冴えない理由は、祐巳さまの指摘どおり志摩子さんのことでは無かった。 志摩子さんは明日になれば会える。 そうではなくて、いわずと知れた、前回、前々回関わりを持って散々な目にあった相良宗子のことである。 「心配事といえばそうなんですけど……」 でも詳細を話すわけにはいかないだろう。 今回はまだ会ってもいないのだから。 会ってもいない――。
――そう。
銀杏並木を抜けて校門を出た時、『これで宗子と関わらないで済む』とホッとしたと同時に、乃梨子は、妙な『物足りなさ』というか寂しさを感じてしまっていたのだ。 今朝方メリッサさんと話していた時の方がずっと充実していたというか、「もう会わないだろうが」なんって言ってほしくなかったというか……。 (だめだめ) 乃梨子は首を振ってその考えを払った。 あの人たちは、乃梨子とは違う世界に住む人間。関わってはいけないのだ。 「乃梨子ちゃん?」 祐巳さまがまた心配そうに見ていた。 乃梨子は気を取り直してしっかりした口調で答えた。 「いえ、もう大丈夫です。大した事じゃありませんから」 「そう? それならいいけど」 「ご心配をおかけしてすみません」 まだ油断は出来ないといえば出来ないのだけど、少なくとも第一関門は通過した。 これで今日を無事に乗り切れば、もはや非日常的かつ非現実的な厄介ごとに巻き込まれることもなくなるのかもしれない。 それは乃梨子の希望的観測であった。 そう。 それはまさしく希望的観測にすぎなかったのだ。
4−2
翌日、目が覚めた乃梨子は枕元の携帯を目の前に掲げて日付を確認した。 今日はちゃんと17日だった。 「……はぁぁぁ」 布団から体を起こすなり乃梨子は盛大にため息をついた。 これで17日を迎えるのは3度目だ。前回はもう『笑うしかない』って気分だったけど、戻ったのが2回目ともなるともはや笑う気力さえ無かった。 ただ、ひとつ今回は良いこともあった。 結局、昨日はあれからごく普通に5人で寄り道をして何も非日常的なイベントはなく家に帰ってこれたからだ。 つまり『今回』は、まだ何にも『遭遇』していないのだ。 「もしかして、不幸な運命を回避できたとか?」 思わず口に出して呟いてしまったが。 (いやいや、楽観していると足元すくわれるかも) 二度あることは三度あるというし、あまり期待しない方がいいのかもしれない。 実際、一度戻って、回避しようとしてかえってわちゃくちゃな状況になってたわけだし。
「『今日は素敵な一日になるでしょう』だってよ?」 「はぁ……」 「どうしたんだい? ため息なんてついて」 食卓につくなり、本日二度目になるため息をついた乃梨子に菫子さんは呆れ顔をした。 今日のことを言えば一回目と二回目は全然違っていた。 一回目は誘拐された挙句、ASとかいうロボットに追い回された。二回目は宗子の仲間に拉致された。 どちらも終盤で時間が戻ったのだけど。 「……べつに。ただ今日は無事に終わるのかなって」 「なんだい、それは?」 菫子さんに話してもしょうがない。 でも、この時はなんとなく聞いてみようという気になってこう言った。 「ねえ、菫子さん。時間って戻るのかな」 「はあ? 何の話だい?」 「えっとね……」 乃梨子は、なにか危険な目にあって、気がついたら前の日の朝だった、という話をした。 一通りの話をした後、乃梨子が上目遣いに、 「……信じない?」 こう言ったのだけど、菫子さんは、ちょっと見開いた目で乃梨子を見ていただけで、特に驚いたり呆れたりすることは無かった。 むしろその返答に乃梨子の方が驚かされてしまった。 菫子さんはこう言ったのだ。 「それって、タイムリープだよ」 「は?」 「タイムリープ。時間ってのは止まったり巻き戻ったりしないもんさ。だから、戻ったのはあんただけ」 「え、えっと、タイムリープ!?」 「そうさ。若い時ならよくあることだよ」 しれっとしてそんなことを言うので、乃梨子の方が手を振って否定するはめになった。 「な、ないわよ。ないない」 「そうかい? アタシゃ、経験あるなァ」 あるのかい。 菫子さんはなにやら遠い目をして続けた。 「朝目が覚めて、今日は休日だぁって思ってもう一度眠るだろ? それで次に起きてみるともう夕方さ。アタシの休日はいったどこに行っちまったんだろうってね」 「……真面目に聞いてないでしょ?」 まあ、こんなもんだろうって思ってはいたけれど。真面目に答える振りしてからかわれただけのようだ。 「もうしないのかい?」 「なに?」 「タイムリープ」 ……まだからかうつもりか。 乃梨子は憮然とした表情のまま言った。 「しようと思って出来たら苦労しないわよ」 「でも二回もあったんだろ? コツを掴めば出来るんじゃないかい?」 「コツねぇ……」 そういえば、二回の共通点ってあったかな? と、思わず考えてしまったけれど、 「……って、出来るわけないでしょ!」 と、ノリ突っ込みっぽく返したけど、菫子さんには笑いながら軽く流されてしまった。
□
さて、17日といえば二回が二回とも、朝、薔薇の館に相良宗子が居たのだけど、今度はどうであろう? 今回は、前回二回と違って昨日は彼女に会っていない。 そのことによって、どう変化するのか……。
「……あの、何をして、……ますか?」 思わず、ちょっと変な呼びかけになってしまったのは、薔薇の館の二階、会議室に居た人物があまりに予想外だったからだ。 「見ての通り、俺は清掃要員だが」 眉根にしわを寄せ、むっつり口をへの字に引き結んでそう答えたのは見知らぬ『男』だった。 いかにもなつなぎを着て、確かに見た目は清掃員なのだけど、その男は掃除用具も持たずに薔薇の館に入り込んでいるのだ。 というか、薔薇の館は外部の業者に掃除してもらうような場所ではないだろうに。 もし万が一、業者が入るとしても、女子校の敷地の真ん中にある建物に男の清掃要員を入れるのなら事前に話くらいあるはずだ。 とりあえず、乃梨子は探りを入れることにした。 「せ、清掃って、掃除をしてくれるわけ?」 「肯定だ」 その受け答えに、乃梨子は頭を抱えたくなった。 そういえばこのざんばら髪にこの雰囲気。あの子にそっくりなのだ。 (そうきますか) メリッサさんが昨日の朝の時点で東京に居た影響で、あのミスリルとかいう組織からは宗子ではなくこの男が来ることに変わってしまった、といったところか。 こいつは、ほぼ間違いなく、相良宗子やメリッサさんと同類であろう。つまり、軍人で傭兵で、乃梨子とは違う世界に生きてる人間――。 「そ、そう。じゃ、私はちょっと教室に用事があるから一旦行くけど、さっさと済ませてくださいね。もうすぐ人が来てここを使いますから」 乃梨子は戦術的撤退を図ることにした。 この男に関わっちゃいけない。そう思ったのだ。 ただこの時点で、乃梨子の脳内に最大級の危険を知らせる警報が鳴り響いていたことは言うまでもない。 乃梨子が回れ右をして部屋を出て行こうとした時、男は言った。 「二条乃梨子だな」 「……へ?」 乃梨子は『とっても引きつった顔』でゆっくりと振り向いた。 男は表情を変えず、乃梨子の方を睨んでいた。 「な、なんで私の名前を……」 ここで乃梨子はミスをしたのかもしれない。バレバレでも「違います」と答えておけばもう少し交渉の余地が出来ただろうに。 いや、これが今回の必然であったのだろう。 男は、乃梨子の表情から本人と確信したらしく、素早く間合いを詰めたかと思うと、乃梨子の肩を掴んで足払い。乃梨子をうつ伏せに組み伏せ、手際良く、手足を縛り、口にテープを張った。 口を塞がれて乃梨子が「んーんー」と鼻だけで喚いていると、男は言った。 「大人しくしろ。出来れば薬物は使いたくない」 「……」 なにやら怪しげな液体の入ったアンプルをちらつかせるので乃梨子はとりあえず大人しくした。 無駄に抵抗して事態が悪化することはあっても決して好転しないことは前回までの経験で学習していたからだ。 それはともかく、この男、こんな場所で乃梨子を縛ってどうするつもりか。 なんて思っていると、男は何処においてあったのか、引越に使うような大きなダンボールを組み立て始めた。 (あれに入れて運び出すつもり?) こんないきなり誘拐されそうになっているにもかかわらず、何故だか落ち着いていた。 思えばここでこの男に会ってからずっとそうだったのだけど、最初少し驚いた位で恐怖を感じることも無く、普通に対応していたのは、こういう状況に慣れてしまったからだろうか? (慣れたくもなかったけどね……) 箱を組み立て終わった男は、箱に入れるために乃梨子を抱き上げた。 (あれ? この顔……) 男の顔を間近で見て乃梨子は気がついた。 (この人、相良宗子にそっくり) それは表情や軍人的な雰囲気だけでなく、顔のつくりまで本当に宗子に良く似ていたのだ。 というか、この『男版の宗子』に見覚えがあった――。
そのとき、乃梨子は車の後部座席に座っていた。 肩に重みを感じ、隣を見ると菜々ちゃんが乃梨子にもたれて眠っていた。 「え……?」 それは一回目、時間が戻る直前の、あのASとか言うロボットが炎上したのを見た少し後のことだ。 「!!」 そこで覚醒した乃梨子は、慌てて前の座席を確認した。 「宗子!」 運転席に見えたざんばら頭を見て思わずそう叫んだが、良く見ると違っていた。 前を見ているので顔までは判らなかったが、明らかに宗子とは違う肩幅、腕の太さ。 早い話が運転していたのは、男だった。 乃梨子はミラーに映った男の目を見た。 淡々と前方を見つめるその瞳は、宗子に良く似た『軍人の目』だった。 「あの……」 「なんだ」 男の声は若い印象だった。 「宗子は? 相良宗子は何処?」 助手席には誰も乗っていなかった。後部座席は乃梨子と菜々の二人。 「……キミ達が知る必要はない」 彼の返事はそっけないものだった。 「どうしてよ?」 「それに答える義務もない」 「……」 この男から情報が得ることは断念せざるを得なかった。 疲労してたし、相手が男性ということもあった。 乃梨子にはこの“軍人”がどこか怖くて、これ以上食い下がれなかったのだ。
(思い出した。でもあのあともっと何かあったような……) つまるところ、乃梨子はこの男が宗子やメリッサさんの仲間だってことを最初から知っていたってことだ。 別に恐怖や敵意も感じることなく普通に話しかけていたのは、無意識に「この人は味方だ」って認識していたかららしい。 もっとも、縛られて箱に詰められてまで、恐怖や敵意を感じないほど乃梨子は能天気ではないのだけど。
箱の中は真っ暗で何も見えないけれど、箱ごと持ち上げられた感覚がして、そのまま運ばれる浮遊感と共に、外からはキシキシと老朽化した階段を降りる音が聞こえていた。 そして、どさっと下ろされたような振動を感じた直後、良く知った声が聞こえてきた。
「……清掃業者さん?」 「一応、許可証見せていただけますか?」 祐巳さまと志摩子さんの声だった。 乃梨子が身の安全の為に『無駄な抵抗』をしなかったのは彼と二人っきりだったから。 近くに知り合いがいるのなら話は違ってくる。 つまり、今は『好機』。 この男だって、わざわざこんな方法を取るってことは第三者には知られたくない筈。これで諦めて逃走してくれれば穏便に助かることが出来る。 乃梨子は縛られてあまり身動きが取れない身を捩って自分がここにいることを主張した。 『主張した』といっても箱が少し揺れて物音がした程度であろうが、それで十分だった。 「な、何? ちょっと、その箱、何が入ってるのよ?」 由乃さまの声だ。 「なんでもない。気にするな」 「怪しいわね。大体今日業者が入るなんて話聞いてないわ」 「そうですね。いくら業者さんでも男の方が入るなら先生方から一言も話がないのは変です」 怪しまれてる、怪しまれてる。 「急に決まったのだ。連絡に不手際があったのだろう」 「そうかもしれせんけど、念のため、その箱の中を改めさせてくださいますか?」 祐巳さまの声が響いた。 普段はぽーっとした感じで『親しみやすい』キャラクターな祐巳さまだけど、凛としたその声は先代紅薔薇さまの祥子さまを彷彿とさせた。 というか、実際に祥子さまを意識してのことだろうけど。 ここまでのやり取りは、乃梨子の思惑通りだった。
でも、見込みが甘かったとしか言いようがない。
直後、箱の中の乃梨子にも判るくらい、その場に緊張が走った。 「……声を立てるな。そぶりを見せれば射殺する」 あろう事か、男は祐巳さま達に銃を突きつけているのだ。 単なる脅しだろうとは判っているのだけど、志摩子さんに銃を突きつけて『殺す』と脅すこの男が許せなかった。 もしそのための手段や能力を乃梨子が保有していたなら、今すぐこの男を叩きのめしてやりたかった。 でも、それは銃を突きつけられた三人にしても同じだったのだ。
そして、このところ乃梨子の周りに出没している軍人達と現薔薇さま達の接触がいかに『危険』なことであったのかを乃梨子はこれから実感することになる。
「ねえ、志摩子さん?」 祐巳さまが緊張してるんだかしてないんだか判らない声でそう言った。 「いえ、私は……」 志摩子さんが答えるのを遮って男が言った。 「助けを呼ぼうなんて思わないことだ。声があがる前に俺は貴様らの眉間を撃ち抜く」 そんな物騒なことを言われたにもかかわらず、由乃さまが不敵な口調で言った。 「あら、助けなんて呼ばないわよ。ねえ祐巳さん?」 なにやら、楽しそうにさえ思えるその言葉には、乃梨子はなにやらぞっとしたものを感じた。 (これは、もしかして?) 「えっと、由乃さん、『やる』の?」 「当然。お願いね」 「……判ったよ」 そして、聞こえてきた祐巳さまの台詞。 「島津由乃、黄薔薇の名を持つ乙女よ。我が名において汝の力を解放する!」 (ちょ、ちょっと……) そして、由乃さまが叫んだ。 「マテ●アライズ!」 (ちょっと待てーーーー!!)
……全然待ってくれませんでした。
強風が起こったのか、なにやらお約束なのか判らないけれど、乃梨子は箱ごと投げ出されて転がり、箱は壊れて縛られたまま地面に落ちた。 「乃梨子!」 「乃梨子ちゃん!?」 志摩子さんと祐巳さまが駆け寄ってくる。 首を動かして周りを探ると、変な格好をした由乃さまとあの男が対峙していた――。
ひろっぴ > ちょ、マ●リアライズって……。……一体どんなチャ●ルドが出てくるんだろう、そして軍曹はどんな対抗策をとるのかとワクテカしながら次回を待ちます(……その前にまたもや乃梨子タイムリープとか……)。 (No.1495 2007-09-13 01:03:33) さんたろう > 私立リリアン女学園。ここはオトメの園…いやー、直球で来るとは(直球か?)こーまで知った作品ばかりだと、ピンポイントで私が読者のターゲットなのかと(まて、さんたろう) (No.1499 2007-09-20 11:05:23) LAND > オトメの園とは、いやあ、凄いな笑いすぎて、笑いすぎて、いやあ、面白かった。できれば復活を期待したい (No.1525 2009-06-24 00:22:14)
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