[最新記事表示] [検索] [キー登録] [キー検索] [使い方] [保存コード] [連絡掲示板] [がちゃS掲示板] [このセリ掲示板]

こぼれ落ちたSS掲示板とは、まつのめががちゃがちゃSS掲示板に投稿しようとして、
諸々の事情で投稿を断念したSSや文書のカケラなどを保存するために作成したSS投稿掲示板です。
私的な目的で作成した掲示板ですが、どなたでもお気楽にご投稿いただけます。

訪問者数:46473(since:07-07-11)カウンタ壊れた……。

おなまえ
Eメール       がちゃ24 がちゃ3
題  名 key1: key2: key3:
入力欄
URL
編集キー (自分の記事を編集時に使用。英数字で12文字以内)
文字色
記事番号:へ  
 
 

明日はどっちだ乃梨子、駆け抜ける  No.120  [メール]  [HomePage]
   作者:まつのめ  投稿日:2007-10-04 17:28:22  (萌:0  笑:2  感:0)  
 のんびり書いていたら季節が変わってしまいました。今回は新たな混ぜ物は仕込んでいません。
【Ga:2315】【Ga:2320】【Cb:114】【Cb:115】【Cb:116】【Cb:117】【Cb:118】【Cb:119】
(それでも混ぜるな危険。クロス物注意)





 4−4



 歩道の端で黄昏ている乃梨子の頭上からメリッサさんの声が響いた。
「学校へ行こうか?」
「え?」
「座り込んで頭を抱えられてもな。本当はレインボーブリッジから飛び降りてみようかと思ったんだけど……」
「……れいんぼー!?」
「あそこなら水面まで50メートルくらいあるからな」
「……」
 殺す気か。
 乃梨子が“そんな顔”で振り返ると、メリッサさんが言った。
「ほら、そんな顔してるようじゃ使えないだろう? 失敗したらただの心中だ」
「ぶ、物騒なこと言わないでください!」
 乃梨子はようやく立ち上がり、メリッサさんに面と向かった。
「まあ、まだやれることはあるし、レインボーブリッジは最後の手段に取っておくさ」
 最後でもそんなことはしたくないのだけど。
 でもつまりそれは、他の方法でタイムリープが上手く行かなかった場合、最終的に乃梨子はメリッサさんと一緒にその心中まがいの事をしなければならないってことだ。


「……それで学校に何しに行くんですか」
「ノリコの仲間は今日も学校に居るんだろ?」
「ええまあ。土日以外はもう始業式まで毎日自主登校ですから」
「“WITCH”を紹介してくれ」
 そうだった。そんなことを言っていたっけ。
「ええと、その“WITCH”に関しては……」
 由乃さまの“マテ●アライズ”って“WITCH”なのかな?
 『今回』は乃梨子は『それ』しか知らないことになっている。直感的に祐巳さまや志摩子さんの方が何でも出来そうな気はするのだけど。
「どうなんだ?」
「二学期からの編入生として普通に紹介しますから、そっちはご自分で聞いてもらえますか?」
「でも知ってるんだろ?」
「いえ、私の立ち位置的に自発的にそういうことを言い出すのはちょっと……」
 メリッサさんから「体面を気にするような歳でもなかろう」とか色々言われた。
 だけど、『お願い』はメリッサさんが直接することや、タイムリープのことは秘密にする等の条件をつけて、乃梨子は彼女を志摩子さん達に紹介することを承諾した。
 だが、この乃梨子のこだわりが後々のややこしい事態に発展する火種になろうとは、この時点では想像もつかなかった。


 乃梨子はこれから向かうことを皆に伝えなければならないのだけど、原則として学校内では携帯の使用は禁止。
 正当な手順を踏むのなら、まず事務にかけて呼び出してもらうのが正しい。
 でも、夏休み中ってことで誰かが携帯に電源を入れて持って行ってるかもしれないので、まずは試しににかけてみた。
 やはり志摩子さんと祐巳さまの携帯は電源を切ってあるらしく『電波の届かない場所……』だった。次に瞳子にかけたけど家においてあるのか全然出なかった。
 ここで諦めて事務にかけようと思ったのだけど、その前に、由乃さまの番号もあったのを思い出して「ついでだから」とかけてみたところ、通じてしまった。
「あ、由乃さま? 乃梨子ですけど」
『あら乃梨子ちゃん、なあに? 急用?』
 この際、校内では携帯禁止ですよ、とかは言わないで簡潔に要件を伝えた。
「いえ、お仕事中すみません。用事が済んだのでこれから向かいますと皆様にお伝えしていただきたくて」
『判ったわ。今どこ?』
「あ、いえ。今出先で」
 事務を経由するのを億劫がって由乃さまを連絡係にしてしまったことに対しては特に咎められなかった。
 本当は由乃さまにかけて繋がってしまった時、ちょっと「しまった」と思っていたのだけど、穏便に済んでなによりである。
(今日は由乃さま機嫌が良いみたい)
 これがなにか面白くないことがあったりすると、何かしら難癖をつけてくるのだから。
 乃梨子はほっとしつつ、もう少し詳細な情報を伝えた。
「これから電車に乗って、だいたい一時間くらいで行きますから」
『直接来るのね』
「はい」
 よし、これで後は行ってからメリッサさんを紹介して、などと考えを巡らし始めたところ、由乃さまは言った。
『良い心がけだわ。この暑い中先輩が一生懸命働いているのに、どうしてくれようかって話してたところだから』
 ……時間差で来たか。
 まあ、想定の範囲内というか、この方がある意味由乃さまらしい。
「……すみません。どうしても抜けられない用事だったもので」
『ふうん。どうしても、ね……』
「と、とにかく行きますから」
『……一応忠告しておくわ。山百合会の情報網を甘く見ないことね』
「はい? 何の話ですか?」
 まさか?
 いや、由乃さま流の揺さぶりであろう。
 暑さのストレスで誰でもいいから文句を言いたくなる由乃さまの気持ち、判らないではない。
 実際、まだ午前中なのに外は日陰にいてもじわじわと汗をかくほどの暑さに達していた。まだまだ気温は上がりそうだ。
『まあ、良いわ。必ず来るのよ。逃げないでね』
「逃げる理由はありませんが」
『よく言ったわ。じゃあ、待ってるから』
 なんか由乃さまと話していると乃梨子が悪者みたいに聞こえてくる。
 まあ、こんな暑い中で頑張ってる皆を差し置いてプールで泳いでいたってことで、後ろめたさはあるのだけれど。
 でも逃げ回るようなことをしたつもりはない。
 おっと、忘れるところだった。
「あ、あと薔薇さま方に紹介したい人が居るので一緒に行きますから」
 いきなりでは失礼だろうから一応そう伝えたところ、それを聞いた由乃さまは何故だか沈黙した。
『……』
「あの、もしもし? 由乃さま?」
『……そういうこと? いい度胸してるわね。流石、乃梨子ちゃんだわ』
「は?」
『まあ、良いわ。待ってるから、早く来なさい』
 それで電話は切られてしまった。
 受け側から切るのはマナー違反だった気がする。休んだことがそんなに気に入らなかったのか。
 まあ良い。あとは電車を乗り継いでM駅まで行きそこからバスでリリアンまで行くだけだ。


  □


 約一時間後、乃梨子はメリッサさんと共に、薔薇の館の前に立っていた。
「なるほど木造だな。なかなか風情がある」
「メリッサさん初めてでしたっけ?」
「ああ。見取り図で見たことがあるが」
「見取り図で?」
「前回の作戦の時だよ」
「前回のって、私を誘拐する?」 
「いや誘拐は成り行きだっただろ? 他にも色々あったんだよ」
「色々って?」
「まあ色々だ。それはノリコが知る必要はないことだ」
 ……そういや、最初の時、宗子が『護衛』とか言ってなかったっけか。乃梨子と菜々ちゃんを狙ってる組織があるとかなんとか。
 『作戦』ってのは本当はそっちがメインだったのでは?
 今、それを聞いてみようと思ったけど、そんな暇はなかった。
「何やってるのよ。来たんなら早く入りなさい」
 話し声が聞こえたのであろう、由乃さまがわざわざ降りてきたのだ。
「あ、由乃さま。ごきげんよう。こちらは……」
 メリッサさんを紹介しようとしたら、それを遮って由乃さまが言った。
「……これが噂の乃梨子ちゃんのガールフレンドね?」
「はい?」
 噂ってなんだ?


「仕事があるのにサボって、可愛いガールフレンドと一緒にプールで遊んでいたんですって?」
 乃梨子はメリッサさんと共に、罪人よろしく暑いのに飲み物で一息つく暇も与えられず、ビスケット扉の前に立たされていた。
 気温はプールを出たときより上がっているようだ。
 ここは炎天下の外よりはマシだけど、静かにしていても汗がにじんでくる。
 もちろん部屋の窓は開け放たれている。でも風は殆ど無い。
 そんな状況の中で、由乃さまは率先して乃梨子を糾弾していた。
 祐巳さまは興味津々とメリッサさんを観察してるし、志摩子さんに至っては悲しそうな顔で乃梨子を見つめている。
「あの、なにか誤解があるようですけど、私は別に……」
「誤解? 志摩子さんに『今日は休む』って連絡した後、私達の知らないその子と一緒にプールへ直行したのが急用だっていうの?」
「そ、それはっ」
 というか何故そこまで知っているのか? 驚くを通り越して不気味でさえあった。
「どうして、って顔してるわね。誤魔化そうったって無駄よ。あなたの悪行三昧はこの島津由乃様にはまるっとお見通しなんだから!」
 いや、悪行三昧って、何様になったつもりだ。
 祐巳さまがフォローするように続けた。
「あのね、同じプールでスイミングスクールに参加してる中等部の子がいたんだって」
「中等部?」
「その子、乃梨子ちゃんの顔を覚えていたんだね。それで、それが新聞部まで伝わったらしくて、さっき真美さんが確認に来たのよ」
 そういことか。
 世界は意外と狭いというか、油断ならないといおうか。どんだけ早いんだ。
 それにしても、水着姿であそこは帽子必須だから髪型も隠れていたのに、よく判ったものだ。
 いや、水着に着替える前、エントランスか更衣室で制服姿を目撃したってところだろう。居ると判ってしまえば中で探すのもそんなに難しくないだろうし。
 制服のまま行ってしまったのが失敗だったようだ。
「ふふっ。悪いことは出来ないわね」
 由乃さまはとっても嫌な笑みを浮かべていた。
「でも、乃梨子ちゃんがこんなことするなんてちょっと意外だな」
 普段は由乃さまのなだめ役である祐巳さまも、フォローのしようが無いって顔をしていた。
 そして、志摩子さんが言った。
「……乃梨子。判ってるわよね」
「あ、あの、みんなが暑い中仕事をしてるのにってことは確かに……」
 それに関しては、乃梨子も悪かったと思っている。成り行きとはいえ、みんなを差し置いてプールへ行ってきたのは事実だし。
 でも志摩子さんは言った。
「違うわ」
「え? じゃあなに……ですか?」
 っと、志摩子さんの言葉は、乃梨子だけでなく、由乃さまも意外だったようで、開きかけた口がそのまま半開きになって止まっていた。
「そんなことはどうでも良いのよ」
「よ、良くないでしょ!」
 志摩子さんに由乃さまが食ってかかる。でも志摩子さんはいつものペースで話を続けた。
「だって、仕事は遅くまで残るなりして遅れた分を取り戻せばすむもの。それより、乃梨子が山百合会の仕事より優先するほど仲が良くなった子がいるのを私に黙っていた、ってことが悲しいの」
「い、いや、志摩子さん。それはちょっと……」
「もちろん、どんなことでも全て話せなんて言わないわ。誰だって秘密にしたいこと、心に秘めておきたいことっていうのはあるもの。それを認めてこその姉妹だし親友だと思うわ。でもね、今回のことは黙っていたことで皆が不審に思ってしまったでしょう?」
「……」
 確かにその通りなのだけど、でも肝心のところに誤解があるのだ。
「そういうことだったら、隠さないでちゃんと相談して欲しかったわ」
「いや、その隠すとか隠さないとかじゃなくて、もうちょっと込み入った事情がありまして……」
「良いのよ。乃梨子には乃梨子の付き合いがあるのだから、それに口出しする権利は私には無いもの。でも私は私なんかに親しく付き合ってくれている乃梨子に感謝してるのよ。だから親友としても姉としても乃梨子に何かしてあげられることがあればしてあげたいと思っていたのに……」
「あ、あの志摩子さん?」
「……なのに、山百合会の仕事がらみのことなら私が力になってあげられたのに、何の相談もしてくれないなんて。……やっぱり私なんかには姉で居る資格なんて無かったのね」
「し、志摩子さん。自己完結しないで。お願いだから」
 それから「私なんて」なんて言わないで。志摩子さんは素敵です、と続けようとして乃梨子の言葉は止まった。
 というか、志摩子さん、ちょっと突っ走ってる気がするのは乃梨子だけ?
 妙に芝居がかっていて、いつになく饒舌だし。
 というか顔色も悪い?
 「よよよ」とハンカチを目に当ててうつむき気味な志摩子さん。
 どうも様子がおかしい。
 これは……。
「……もしかして、暑さでやられてます?」
「あ、やっぱり乃梨子ちゃんもそう思う? この暑さだもんね」
 全く緊張感無く、涼しい顔でそう言ったのは祐巳さまだ。
 ただし、祐巳さまの顔とは裏腹に会議室のむわっとした空気は既にサウナのような有様だ。
「な、なに他人ごとみたいにしてるんですか!」
 熱中症をなめてはいけない。手足の痙攣、顔面蒼白と来て、意識障害や失神を起こしたり、暑いのに寒さを訴えだしたらもう重症だ。生命の危険さえある。
 もっとも、室内で静かにデスクワークをしていてそこまで行くとは思えないけど。
「……あら、私は兵器よ?」
「いや、もうイントネーションおかしいし。とにかく休んでください!」


「……気持ち良いわ」
 案の定、自力で立ち上がれなくなっていた志摩子さんには、椅子を並べて横になってもらい、手ぬぐいを絞って額に乗せた上で、乃梨子が団扇で扇いでいた。こういうときはとにかく冷やすのが一番なのだ。
「で、話の続きですけど……」
「もう良いわ。他藩のことには干渉しないのが原則だし」
 暑さで力尽きたのか、単に面倒くさくなったのか、由乃さまは既に団扇をパタパタさせてそっぽ向いていた。
 祐巳さまもなにやら話のまとめっぽくこう言った。
「じゃあ、その辺はあとで志摩子さんと話し合ってもらうって事で、一件落着ね?」
 
 志摩子さんが大変な事になってるのに、誰も手伝ってくれなかった。「割り込むのは悪い気がした」ってどういう意味だ。
 というか、みんな妙に腰が重というか……。
「あの、祐巳さま?」
 志摩子さんの一大事のせいで判らなかったけれど、他のみんなも別の意味で様子がおかしいことに気がついた。
 先ず、由乃さまと、その隣に妙に接近して座っている菜々ちゃん。この暑さの中、ずっと仕事をしていたにしては平然としている。
 それから祐巳さまと、こちらは普通に間隔を開けて隣に座っている瞳子も同様だ。
 これは何かある。
 その違和感の核心はおそらくテーブルの下だ。
 乃梨子はおもむろにテーブルに近づき、かけてある布をめくって中を見た。
「あっ」
 声を上げたのは祐巳さま。
 そこには水の入ったタライと洗面器とバケツ。
 タライには黄薔薇姉妹が仲良く足を突っ込んでいる。
 バケツは祐巳さま。洗面器は瞳子だ。
「……」
 乃梨子が呆れていると、由乃さまが言った。
「仕事サボってプールに行ってた乃梨子ちゃんに文句は言わせないわよ?」
「別に咎めていません」
「な、なら良いわ」
 由乃さまに、さっきまでの勢いは無くなっていた。“はしたない”という自覚はあったようだ。
「志摩子さんの分が足りなくてね、狭いけど私と片足づつバケツ使おうかって言ったら『私は大丈夫だから』って……」
「もういいです」
 自分だけ涼しい思いをしてたって点では同罪ってこともある。
 でもそれより、
(これは他の人には見せられないな)
 “校内でその名を轟かせる憧れの薔薇さま方”の惨状に、どうしようもなく疲労を感じてしまった乃梨子であった。


 志摩子さんが「もういいわ」と起き上がったところで、みんな手を休めて休憩タイムに入っていた。
 といっても乃梨子が来た時点で糾弾騒ぎで仕事は手についていなかっただろうけど。
 乃梨子は全員分の冷たい麦茶を用意してから席に落ち着いた。
「とりあえず紹介してくれる?」
「あの、まだ誤解があるようですが、この子は薔薇様方に用があってここに来ただけで、助っ人ってわけでは無いんですけど」
「まだそんなことを言うの? プールでは二人ではしゃぎ過ぎて係員に説教されたって聞いてるわよ?」
「まあ、そんなに。乃梨子ったら」
 そこまでかい。
 メリッサさんが肘で乃梨子をつつくので視線を向けると、彼女は耳元に口を寄せて囁くように言った。
「取り合えずそういうことにしといた方が良いんじゃないか?」
「は? なんでです?」
「タイムリープのこととか話したく無いんだろ? 何をしていたのか説明できないんじゃないか?」
「そりゃ、そうですけど……」
「仕事を手伝えってのなら別にかまわないぞ」
「良いんですか?」
「協力してもらう代償だと思えばな」
 そこまで話して由乃さまの茶々が入った。
「なあに、密談?」
「やっぱり仲が良いんだね」
「乃梨子……」
「あ、いえ。とにかく紹介しますね? こちらメリッサ・マオさん。二学期からリリアンに編入してくることになっていまして」
「へえ、外国の方? 留学生かしら」
「はい。国籍はアメリカで、16歳なので学年は一年生になります」
「え!?」
 っと声を上げたのは乃梨子だ。
 だってメリッサさんは今でこそ“こんな”だけど“二十代の大人の人”って印象があったから。
「なんで乃梨子ちゃんが驚くのよ?」
「い、いえ、夏休み中に知り合ったので学年までは知らなくて」
 曖昧な笑みで誤魔化す乃梨子であった。


 結局、乃梨子が仕事をサボって遊んでいたかどうかは、白薔薇の内部問題ってことにされて深く追求されることは無かった。
 いや、これ以上暑苦しい追求はしたくないのであろう。
「……メリッサちゃん日本語読める?」
「問題ありません」
「じゃあ、まずこの辺りから手伝ってもらおうか……」
 助っ人は歓迎ってことで、休憩後は祐巳さまがメリッサさんに有無を言わさず仕事を渡していた。
 もちろんサポート役は乃梨子だ。
 いつものように仕事が始まって、彼女は黙々と作業を続けていた。
 それにしてもメリッサさんはいつ『お願い』をするつもりなのだろう?
 結局、お昼になって食事の時も特にそういう気配は見せず、午後の作業も過ぎて、とうとう祐巳さまが『今日はこれまで』と宣言するまで彼女は動かなかった。
 

  □


 祐巳さまが『これで今日はおしまい』を宣言して、みんなが後始末を始めてからのこと。
「……良いんですか?」
「ん? 何だ?」
 ここは一階の物置部屋。
 一階から持ち出した資料をまとめた後、メリッサさんに“資料の場所を教える”という名目で一緒に会議室を出てきたのだ。
 乃梨子は資料を部屋の隅にある机に置いてから、メリッサさんに向き直って言った。
「アプローチするんじゃなかったんですか?」
 そういうと、メリッサさんはちょっとだけ意外そうな表情を見せた。 
「関わりたくなさそうだったのに、熱心だな?」
「別に熱心とかじゃないですよ。放っておいてこのまま居座わられても困りますから」
 居座ればメリッサさんは間違いなく色々な『厄介事』を持ち込んでくるだろう。そんな世界で生きてきた人間だし。
 というか実際、今日ここに来た理由もそのまま『厄介事を持ち込みに来た』のだし。
 そして。
「『連れて来ただけ』ってスタンスならノリコは関係ないだろ?」
「既に『関係ない』なんていえない状況、判ってますよね?」
 今、乃梨子とメリッサさんは“山百合会を差し置いて遊びに行ってしまう程の関係”が公式見解になってしまっているのだ。
 つまり、メリッサさんがここに居座り、乃梨子は真相を話さないという条件では、彼女の『厄介ごと』は全て乃梨子にも降りかかることになる。
「私は早く終わらせて欲しいんです」
 一度決めたので出来ることは協力はするけど、不必要に面倒を増やして欲しくないのだ。
「判ってるさ。私だって無駄に時間を過ごす気はない」
「そうですか? ここに来てから今まで、三薔薇さまの誰かに話しかけるチャンスはいくらでもあったのでは?」
「つってもな、“WITCH”と接触なんてしたことないし」
「……もしかして疑ってます?」
「まあ“こっち”では正体は謎だったし、見たところ普通の女子高生にしか見えないしな」
「でも……」
「ノリコの情報を否定しているんじゃないぞ。ものごとには『やり方』ってものがある」
「やり方ですか?」
「普通の女子高生を装って秘密にしてるんだ。大勢の前で馬鹿正直にアプローチしたってシラを切られるだけだろう?」
「まあ、そうかもしれませんね」
 確かに内容が内容なので、『おかしな人』扱いされて終わりって事にもなりかねない。
「一対一か、最低でもノリコとあたしとあの三人のうちの一人って状況でないと難しいだろうな」
「それは何か根拠があるんですか?」
「カンだ」
「そうですか」
 まあ、彼女がそう望んでいるのなら協力しましょう。

「でも、帰りも大抵みんな一緒だから二人きりにはなかなかなれませんよ?」
「その時は自宅を訪問するさ。住所わかるだろ?」
 そう来たか。
「私、志摩子さんの家しか行ったこと無いんですけど」
「だったらそれで良いさ」
 まあ、乃梨子としては志摩子さんの家へ行く口実が出来て嬉くない訳ではないのだけど。
 と、噂をすれば。
「乃梨子? どうしたの?」
「あ、志摩子さん?」
 ドアのところに志摩子さんが。
「なかなか帰ってこないから、見に来たのよ」
「ごめん、ちょっと話し込んじゃって……」
「私の名前が聞こえたのだけど、内緒話かしら?」
 ドアから顔を覗かせていた志摩子さんは、そう言いながら微笑みつつ、中に入って乃梨子の側まで来た。
 というか、これって乃梨子、メリッサさん、そして“三人の一人”志摩子さんって状況じゃない?
 改まって乃梨子は言った。
「あ、あの志摩子さん!」
「なあに?」
 乃梨子が横目でメリッサさんの方を伺うと、彼女はこの状況に気付いているのかいないのか、特に表情を変えていなかった。
 でも『早く終わらせて欲しい』乃梨子としては、ここでチャンスを逃す手はない。
 メリッサさんが言わないなら乃梨子が。
「あの、志摩子さんってさ、その、ま……」
「ま?」
 続けようとして、志摩子さんの背後にドアから顔を覗かせる由乃さまの姿を見つけてしまった。
「あ、いえ、その……」
 そうか。メリッサさんが言い出さなかったのは、外の人の気配に気付いていたからか。
 由乃さまは朝見せていた意地悪そうな笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
「乃梨子ちゃん。駄目じゃないそんなに二人きりになりたかったの?」
「そ、そんなんじゃありません!」
 続けて祐巳さままで部屋に入ってきた。
「良いんだよ。判ってるから。あんな見え透いたいいわけしなくてもちゃんと気を遣ってあげるから」
「見え透いたって……」
「でも、もう薔薇の館を戸締りしなきゃいけないから我慢してね。本当はもうすこし見守っていたかったんだけど……」
 って、覗いてたんかい。
 由乃さまが言った。
「で、いま志摩子さんに、何か言いかけてたけどなあに?」
「いえ別に……」
 この際、聞いてしまおうか。
 幸い、乃梨子とメリッサさんを除いて例の“WITCH”と目されるメンバーしかいないし。
「『ま』だから、まったり?」
 こら。
「してませんよ?」
 志摩子さんもなんか乗ってるし。
「ま、舞妓さん?」
「日舞を習ってるんだよね」
「ええ」
「ま、まな板」
「それは乃梨子ちゃん」
 失礼な。そこまで薄くないぞ。
 というか、三薔薇さまで、なにやら訳の判らない会話を始めているし。
「あ、あの……」
「あー、みなまで言わなくていい。この名探偵由乃が推理して進ぜよう。『ま』で始まる志摩子さんに繋がる言葉よね?」
「マク○ナルド」
「マハラジャ」
「マケドニア」
「マリア様」
「あ、それ良いかも」
「でも、もう一声」
 由乃さまと祐巳さまで向き合って腕を組んで。
 もしかしてわざとやってる?
「うーん、あとは……」
 いい加減イライラしてきた乃梨子は思わず叫んでいた。
「魔法使いです! 魔法使い!」
「おー」
 祐巳さまが感嘆の声を上げる。
 でも由乃さまは人差し指を目の前で振りながらこう言った。
「なかなか秀逸ね。でも足りないわ。『魔法少女』でしょ? 志摩子さんなら」
「そんなのどっちでも良いです。私はその魔法が使える志摩子さんに話があるんです!」
 乃梨子がそう強調すると、由乃さまと祐巳さまは目を合わせた。
 そして、祐巳さまが言った。
「乃梨子ちゃん本気?」
 由乃さまは志摩子さんに向かって。
「志摩子さんって魔法使えるの?」
「さあ?」
 と、首を傾げる志摩子さん。
 でも勢いがついたので、乃梨子は話を続けた。
「とにかく、話だけでも聞いてください。この際、由乃さまや祐巳さまでも良いんです」
 由乃さまは自分を指差しながら。
「魔法が使える?」
「私もなの?」
「はい」
 乃梨子が大真面目に頷くと、
「……」
「……」
「……」
 乃梨子を中心にして、一階の物置部屋に微妙な空気が流れた。
 じわじわとした暑さ。
 窓越しに外から絶え間なく聞こえてくる蝉の声。
 やがて、由乃さまは祐巳さまに目配せして、そして声を発した。
「……まあ」
「そうだね。魔法云々はともかく、なにか相談があるみたいだから」
 あくまで『魔法』は話から除外する気らしい。でもいい。真剣さだけは伝わったみたいだから。
 志摩子さんが言った。
「良いわよ。話してみなさい」

「あの、実はメリッサさんが今『困ったこと』に巻き込まれていまして」
「困ったこと?」
「えっと、私が今朝これなかったのもその関係なんです。それで力を借りたくて」
「『困ったこと』ってなんなの?」
「それは……」
 乃梨子は斜め後ろに立っているメリッサさんの方に視線をやった。
 目が合っても彼女は特に表情を変えずに「とりあえず様子見」といった感じでこちらを眺めていた。
 乃梨子はそれを、自分が交渉しても良いというサインと受け取った。
「……その、メリッサさんの命の関わることでして」
 これだけでも突飛な話だと思う。
 だから自分がおかしくなったと思われるんじゃないかっていう恐怖もあり、タイムリープとかマイクロECSといった奇天烈な話までは口にしづらかった。
 かといって、このままじゃ二人でプールに行ってきたことがメリッサさんの命に関わる問題とどう結びつくのかが伝わらないだろう。
 『命に関わるからプールに行ってきた』なんて、もし乃梨子が聞く側だったら「ふざけるな」と怒ったに違いない。
 でも祐巳さまは怒りも笑いもせずにこう言った。
「ねえ聞いて良い? こうして相談してくれてるって事は良いよね?」
「はい。なんでしょう?」
「それはお医者さんに頼るような問題なの?」
 死に至るような病気にかかってるのか? という質問だろう。
「いえ、はい。そういう側面もありますけど……」
 病気ではないけれど、でも、『身体の異変』だからそういえないことも無い。
 ここで由乃さまが口を挟んだ。
「側面? どういうこと?」
「由乃さん」
 微妙な目と目で話し合う雰囲気。
 由乃さまは祐巳さまのアイコンタクトで口出しを止めた。
 どんな理解があったのかは不明だ。
 祐巳さまは続けた。
「お医者さんではどうにもならないの?」
「……はい」
 メリッサさんからは医師にも診てもらっての結論と聞いている。
「そう……。乃梨子ちゃんはメリッサちゃんから聞いたのね?」
 ここで祐巳さまは一回メリッサさんの方を見た。メリッサさんは軽く頷いていた。
 そしてまた乃梨子の方に向かって続けた。
「話は判ったわ。乃梨子ちゃんはメリッサちゃんと上に戻って待ってて」
「え?」
 これだけで「判った」ってどういうこと?
「祐巳さん?」
 乃梨子と一緒に志摩子さんも意外だって顔をしていた。
 祐巳さまは乃梨子に向かって言った。
「すぐ終わるから。大切な話、してくれてありがとうね」
 いや、ちょっと待って。まだ全部話していないのだけど。
 なんだか祐巳さまの独断専行のような気がする。
 でも、独断専行の本家、由乃さまも否定しないので、乃梨子は心配そうにこちらを見る志摩子さんに心を残しつつも一階の物置部屋から出て行かざるをえなかった。

 部屋を出て、扉を閉めてから。
 悪いとは思ったのだけど、立ち聞きしない訳にはいかなかった。
 以下、中から聞こえてきた会話だ。

「多分、こういうことだと思うんだ」
「ちょっと祐巳さん判ったの?」
「なんとなくだけど。っていうか由乃さんも判ったから黙ってたのかと思ったんだけど」
「なんか黙ってほしかったみたいだから黙っただけよ」
 まあ、目で語るなんていうけど実際伝わるのはそんなものだろう。
 でも祐巳さまは何が判ったというのだろうか?
「そうなんだ。でもすぐわかると思う。まず、乃梨子ちゃんはあのメリッサちゃんを愛してるでしょ?」
「ええ」
「そうね」
 ってちょっと待て。
 いきなりその間違った共通見解はなんなんだ。
「でね、今の話からメリッサちゃんがなにか重い病気を持っているらしいってこと」
「うん。それは判った」
「乃梨子、辛いでしょうね……」
「それで?」
「さらに、何故だか乃梨子ちゃんは私達が魔法を使えるって思い込んでる。いや、思い込んじゃったんだね。だからさ?」
 なんか話が明後日の方向に転がりだしてるような気がするんですけど。
 大体、それだけから何が判るというのか。
「そうだったの……」
 って、判ったのかい。
「そうなのかしら?」
「志摩子さんも判った?」
「ええ、祐巳さんと同じ考えかどうか判らないけれど」
「いや他に考えられないでしょ?」
 なんだなんだ。乃梨子にはこの薔薇さま方の『考え』とやらに皆目見当がつかなかった。
「でも、私、どうしたら」
「どうにもならないわね」
「由乃さん冷たい」
「冷たい? そんなんじゃないわ。私もそういう経験があるから言えるんだけど、周りが気を遣いすぎるっていうの? そういうのって本人には負担なのよ。話からするとメリッサちゃんは知ってて平然とした態度取ってるんでしょ? ことさら特別扱いして欲しくないんだと思うわ。乃梨子ちゃんにも普通に接してほしいはずよ? 私達に相談したのだって乃梨子ちゃんが強引にしたのかもしれないし」
「そうなんだ?」
「だとしたら、問題は乃梨子なのね?」
「うん私はそっちが言いたかったの。もちろん命に関わる問題が軽いなんていわないけど。ううん、むしろそれが重いからこそ乃梨子ちゃんが『ああ』なっちゃったんだと思うんだ。でも病気のことは私らじゃどうにも出来ないことだから……」
「乃梨子は、私達なら魔法でどうにかしてくれるって思い込んでしまう程、思い詰めているってことなのよね?」
「そうそう。それじゃあの子も気が休まらないと思うんだ」
「まあ、乃梨子ちゃんらしいと言うか」
「ちょっと真っ直ぐすぎるかな」
「ううん。乃梨子は優しいのよ」

 ……まてまてまて。
 どうしてそういう結論になる?
 というか、この話からすると、みんなは『妙なアビリティー』を持ってなくて、乃梨子だけが異常なことを言っているみたいじゃないか。
 百歩譲って『戻る』と設定が変わって魔法使いだった人がそうで無くなるとしてもだ。先日の由乃さまの変身はなんだったのだ。
 もうワケがわからない。

「とにかくさ、乃梨子ちゃんには私達が魔法使いってことにしといてさ」
「騙すの?」
「乃梨子に嘘をつくのはちょっと」
「その方があの子の為になるのよ? というか私達があの子に出来ることってそれくらいしか」
「でも『魔法で何もできなかった』って知ったら、乃梨子に恨まれるわ……」
「志摩子さん。でも判ってるんでしょ?」
「…………そうね。たとえ乃梨子に嫌われる結果になろうとも、あの子が最後の時を心安らかに過ごす邪魔をさせてはいけない。後で乃梨子が後悔しないためにも。判っているわ」
「いつか乃梨子ちゃんも判ってくれるよ。きっと」
「祐巳さん……」
「それが志摩子さんにとってどんなに辛いことなのかは私達が判ってるわ」
「そうだよ。もし心が折れそうになったら一人で抱えこまないで相談してね。絶対だよ」
「ありがとう。大丈夫よ。その言葉だけで十分だわ」

 なんか。
 とっても感動的で、泣けてきそうなほど美しい友情なんですけど。
 でも乃梨子は別の意味で泣けてくるんですけど……。

「……どうやら『はずれ』だったようだな」
 一緒に薔薇さま方の話を立ち聞きしていたメリッサさんはなにやら感心したようにそう言った。
 というか、
「どうして貴方はそう冷静なんですか」
「ま、これで乃梨子に頑張ってもらうしかないってことが判ったからな」
 つまりこっちは期待してなかったってことか。道理で積極的じゃないはずだ。
 じゃあ、ここで頑張ったが為に『かわいそうな人』属性を付加されてしまった乃梨子の立場は?
「この始末、どうしてくれるんですか」
「なんだ?」
「これじゃ私が『痛い人』じゃないですか」
「好意的に解釈してもらってると思うぞ。乃梨子は愛されてるな。羨ましいくらいだ」
「そ、それは……」
 まあ、判りますけけどね。
 乃梨子は思わず顔を逸らした。頬が赤くなってるだろうから。
 
 しかしどうなっているのだろう?
 あれがもしかして『シラを切られた』ってことなのだろうか?
 乃梨子にはどうにも判断がつかなかった。
 とにかく、先輩方が出てこないうちにと、メリッサさんと共に二階の会議室に戻った。

 二階で帰り支度をしていると程なくして三人は戻ってきた。
 そして、話を聞いていない蕾二人が居るからだろう、普通に「さあ帰りましょう」と皆で薔薇の館を出た。


 それはマリア様のお庭でお祈りを済ませ、銀杏並木を歩いている時のこと。
 志摩子さんが乃梨子に言った。
「ねえ乃梨子、さっきの話だけど」
「なあに?」
 黄薔薇姉妹と紅薔薇姉妹は前方にちょっと離れて歩いている。
 メリッサさんは新参者だからと遠慮してか、少し後方を歩いていた。
「さっき三人でお話をしてね」
「うん」
「乃梨子の望むような結果が得られるか判らないけれど、私達で頑張ってみようって事になったのよ」
「そ、そうなんだ」
 ああ、志摩子さん……。
「でも、こんなことを言うのは辛いのだけど、期待しすぎないで欲しいの。ううん全然駄目ってことじゃないのよ。でもね人の命に関わることはとても難しいのよ」
「う、うん。その、私の方こそ変なこと頼んじゃって……」
 その悲しそうな目、
「私達は精一杯やってみるから」
「うん、そう言ってもらえるだけでも」
 哀れむような目、
「あと一つお願いよ。私達がその『魔法使い』だってことは誰にも内緒にして」
「……誰にも話さないよ」
 絶対話さないから、その、
「乃梨子?」


 その『かわいそうな人』を見るような目だけはやめてーーーっ!! 


 目に涙を浮かべ、いたたまれない心を抱きつつ、傷心の乃梨子は銀杏並木を駆け抜けた。
 緑濃い、晩夏の一幕であった――。






くま一号 > 乃梨子、かわいそうな子 (No.1501 2007-10-09 06:03:56)
さんたろう > 姉の『かわいそう』な視線に耐えかねて、さあ、レインボーブリッジへれっつらごー (No.1508 2007-10-12 11:39:15)
LAND > 面白かった。笑いすぎて腹が痛いです。 (No.1526 2009-06-24 00:46:48)
名前  コメント  削除パス  文字色 私信
- 簡易投票 -

   
   
△ページトップへ
 
 

 

記事No/コメントNo  編集キー
  




- CoboreOchita-SS-Board -