「あはははははっ、キミっ、いい味だしてるよっ! あははははっ!」
 長門の家に戻ると朝比奈さんが何故か鶴屋さんを伴って到着していた。
 どうも、朝比奈さんは午前中鶴屋さんのとこに行ってたらしく、朝比奈さんがあのいきなり親友に迫った失礼な下級生の所に行くと聞いて心配で付いてきたらしい。
 俺は扉から入るのに上がつかえるのでツリーを抱えたままがに股で腰を落として部屋に入ったのだが、それを見た鶴屋さんはその格好が余程ツボに入ったらしく、たっぷり爆笑しつづけてくれた。前の世界でもこの人は笑い袋のような先輩だったわけだが、こちらでもそれは変わらないようだ。
 結局、朝比奈さんが許した以上、鶴屋さんが俺を牽制する理由は無く、いや本当に牽制するつもりがあったのか俺にはわからんが、彼女はそのままパーティーに居座った。
 ちなみに古泉も既に来ていて、部屋の装飾をする長門を手伝っていた。
 結局プラス2名にツリーも加えて、超SOS団の結成式兼、クリスマスパーティーは開催されたのだった。
 この時点で心配された料理の方は朝比奈さんと鶴屋さんがピラフを結構な量持ってきてくれて、それに加えて朝倉がここの台所で今作っているサラダやらパスタ物やらで結構豪勢な品揃えになっていた。
 計画も何もあったもんじゃないが、成り行きで午前中いっぱい皆で準備して午後から開催という流れになったが、結局それで良かったようだ。
「じゃ、超SOS団の結成を祝って!」
 ハルヒが音頭を取ってジュースで乾杯。その後は適当にだべったりケーキや料理を食ったり、ゲームをしたりとぐだぐだに過ごした。まあ急遽決まったパーティーだからこんなものだろう。各自が楽しめればそれでよし。
 しかし、
「なあ、古泉、俺はこんなことしてていいのだろうか?」
 なにやら賭けをしてトランプゲームに昂じる女子達を眺めつつ俺は部屋の隅でそう古泉に話し掛けた。
「こんな美女に囲まれてあなたはこの何処に何の不満があるというんですか? 僕はあなたと出会ってから日々がとても楽しくなったと感じていますよ」
 それから古泉は「美人の知り合いも増えましたし」と付け加えて微笑みながら口の端を吊り上げた。
「楽しい、か……」
 まあ、そうだろうな。
 別に朝比奈さんが未来人じゃなくても、長門が対人類用人型インターフェースでなくても、この古泉が超能力者じゃなくても、そしてハルヒに世界を都合よく変えてしまうような力が無かったとしてもだ。
 朝比奈さんの可憐さは最強だし、ハルヒは性格は難があるが顔もスタイルも一級品だし。長門だってどちらかと言うと美人の部類で無口だが時々見せる表情はぞっとするほどだ。鶴屋さんは絡まれると厄介だがこれほど楽しい人は居ない。古泉は良くわからんが異様な物分りの良さが個性的な連中の中で微妙な立場をキープしている。
 みんな改変前の世界でも一緒に色々やってきた仲間だが、この世界でもこうしていい感じに知り合いになれた。
 俺はここでもこいつらと面白可笑しく日々を過ごしていけるだろう。
 だが、それでいいのか?
 俺は前にこの世界に投げ込まれた時、迷わず緊急脱出プログラムを起動した。少々考えはしたが結局元の世界を選択したのだ。
 だが、今の俺は、積極的に選択の機会を求める気持ちが薄れている気がする。
 このままでもいいんじゃないかと思い始めてているんだ。
 手がかりを探さなきゃならないという焦燥感はもちろんある。だが、それとこのまま流されてしまえという思いの両方が俺の中で拮抗していた。
「難しいことを考えるより、今は楽しむことを考えた方が懸命だと思いますよ?」
 古泉はそう言って、ピラフの乗った自分の小皿を持って立ち上がり、女子達の輪の方に歩いていった。
「こら、ジョン、あんたもこっち来て参加しなさい!」
「へいへい」
 まあ、仕方が無いか。足掻いてもどうにもならないことだってある。
 手がかりが見つかるまでしかめっ面して過ごすことも無かろう。楽しめるときは楽しんだ方が良いに決まってるからな。


 パーティーも中盤に差しかかり、騒がしさも中だるみの様相を呈してきた。
 鶴屋さんは長門に興味を持った様子でなにやら話し掛けている。その後ろで朝比奈さんはそれを観察するように見入っている。
 ハルヒは騒ぎ飽きたのか、輪から離れテーブルの席で食べかけだったケーキを面白く無さそうにつついていた。なんださっきまであんなにはしゃいでいたのに機嫌が悪いのか?
 古泉はさっきまでハルヒになにか話し掛けていたが、ハルヒに何か言われて退散し、今は一人で自分の食べかけを処分している。そういや夕方に抜けるって言ってたなこいつ。自分の分の後始末を始めたのか。
 俺はというと朝比奈さんと一緒に鶴屋さんに話し掛けられている長門の反応を見ていたのだが、
「キョン君、ちょっと」
 朝倉が俺に声をかけてきた。
「なんだ?」
「デザート取りに行くから運ぶの手伝ってもらえない?」
 まだあんのか? まあハルヒや鶴屋さんがばかすか食うからから余ることは無いと思うが。
「フルーツポンチよ。お裾分けするって言ってたやつ」 
「ああ、判った」
 丁度良い、ケーキや油物ばかりで胸焼け起こしてたところだ。
 朝倉もそれを見越してのことだろう。
 ちょっと行ってくるからと俺は朝比奈さんに声をかけ、朝倉の後に続いた。
 が、中だるみで油断していたようだ。
 朝倉はエレベータを待ちながら言った。
「一応、聞いてこうと思って。あなた、どういうつもり?」
「な、なんのことだ?」
 背筋がぞくっとした。 俺は間違ってもっとも危険な領域に足を踏み入れてしまったんじゃないかろうか? その時そう思った。
 そんな俺の様子を見て朝倉は、
「いやだ、そんな緊張しないで。別にとって食おうっていうんじゃないんだから。有希のことよ」
 そう言って微笑んだ。
「長門がどうかしたか?」
 べつに泣いてたとかじゃないよな?
 少なくとも今まで朝倉の前で俺も含めて誰かが長門を傷つけたってことは無かったはずだ。
「SOS団だっけ? 面白そうなサークルじゃない。流石キョン君だって思ったわ」
 ああ、誉めて貰えてうれしいぜ。 で、何が言いたいんだ?
 ぽーんと少しくぐもった音がしてエレベータの扉が開いた。
 朝倉はリズム良く足を踏み出して1.5メートル四方ほどのその空間に乗り込んだ。そして、馴れた手つきでボタンを押し、人を運ぶだけの為に存在するこの無粋な箱に行き先を伝えた。
 朝倉が動いて巻き起こった小さな風は俺の鼻に独特の女子の匂いを運んできた。
 俺も朝倉に続いて乗り込み、扉が閉まって狭い空間に二人きりになった。
「お、怒ってないのか?」
 俺は朝倉に訊いた。
「どうして?」
「勝手に変な団体に長門を巻き込んだんだ」
「ううん、むしろ感謝してるわ。だって有希に仲間が出来たんですもの。見てて判ったわ。みんなちゃんと有希を仲間だって認めてる」
「そ、そうか」
 2階分の移動なのですぐに目的の階に到着し、俺と朝倉はエレベータを降りた。
「でも、ちょっと嫉妬しちゃうな。有希が取られたみたいで」
「そんなことは無いだろ。ちゃんと世話してやってやれよ」
「うん、そう、そうよね」
 なんだ、全然普通の良いやつじゃねえか。
 あのときのナイフを持って現れた朝倉はなんだったんだ?
 あの時は俺達が干渉したからあの朝倉が出てきたのか?
 修復が無かったら朝倉も普通のやつだったってことか?
「ちょっと待っててね」
 俺を玄関で待たせて朝倉は家の奥へ入っていった。
 朝倉の家の玄関はまあ同じマンションだから当たり前だが長門のところと同じ構造で、違う所といえば、上がったところに小奇麗なタオル生地の足拭きが置いてあるって点だけだ。
 誰もいないんだろうか、奥からは朝倉がなにかしている音以外聞こえてこない。
 ……誰もいない?
 俺はとてつもなく違和感を感じた。
 確か朝倉の家でもパーティやってるって聞いたが、まだ始まっていないのか? この時間でまだなのか? 時計の針は向こうを出るとき既に3時を回っていた。準備の時間も考えたら、これから集まって、というのは時間がちょっと半端すぎやしないか?夏場ならともかく、この時期だからもう日は傾いていて5時を回れば暗くなる。まあ夕食に招待するって言うのなら考えられなくもないが、女子高生が集まってクリスマスパーティーだぞ? 明日は学校があるってのに夜中まで騒ぐだろうか?
「おまたせ。水物だからバランスに注意してね」
 朝倉は大きいタッパとその上にラップで蓋をしたこれまた大き目のボールを乗せて廊下の奥から歩いてきた。
「あ、ああ、それはいいが」
 俺は重心を崩さないように気を付けながらそれを受け取り、まだあるのだろうか、踵を返してまたフローリングの廊下を歩いていく後姿に、声をかけた。
「こっちのパーティーはもう終わったのか?」
 そのとき、朝倉は長い黒髪が覆った背中を見せたまま立ち止まり、そして空気が変わった。
「い、いや、朝倉ずっと居たよな? も、もしかして中止になったとか?」
 やべぇ。 地雷踏んだかも。
 ある意味それは地雷だった。
 ただ、俺が思っているのとは少し種類が違うものだったが。
 髪を揺らして軽く顔だけ振り向いた朝倉は微笑んでいた。
「いやだ、キョン君……」
「い、いや、あのな?」
 まずいぞ。俺は今両手が塞がっている。
 これでは鍵は開いているが玄関の扉を開けられない。
「ちょっと迂闊だったな。もうばれちゃうなんて」
 朝倉は同じ微笑を顔に貼り付けたまま顔にかかった一房の髪を手で後ろにはね退け、体ごとこちらを向いた。
 そうなのか? やっぱりそうだったのか?
 俺の足はガクガク震え、手の上の荷物がバランスを崩し、フルーツポンチ入りのボールが横滑りした。
 そして、次の瞬間、朝倉が突然跳ねるように俺の方に向かって来るのを見た。

 ――殺られる。

 そう思った俺は身を硬直させて目を強く瞑った。
 背中に玄関扉の硬い感触。
 これでゲームオーバーなのか?
 俺は馬鹿だ。
 何とかしたいと思いつつも、元の世界に戻る努力を必死でやらず、この世界で展開されるぬるい日常に流されていたのが悪かったんだ。だからこんな危険にも気付かずに、のこのこと朝倉のあとをついてきちまって。向こうのみんなもこんな俺に愛想をつかしたに違いない。
 ハルヒだったらこう言うだろうな「ばっかじゃない?」って。

 そうだ。ハルヒ。
 俺はおまえに会いたい。

 こちらの光陽園に通うハルヒもハルヒだが、俺は向こうで一緒に馬鹿やってきたハルヒに会いたいんだ。
 考えたのは一瞬のことだった。だが、その一瞬で俺の意識は冷静さを取り戻した。
 刺されるのは腹か? 首か? 胸には荷物がある。
 ならば即死は避けられそうだ。  
 この際、朝倉のフルーツポンチを盾にするか投げつけるか。
 勝機はまだある。俺は逃げられればいい。 
 だが、それを実行に移す前に、俺の手からそれは奪われた。