第2章


 定番のクリスマスケーキとチキンは出来合いのものを昨日のうちに買っておいた。あとは小物の料理をと思ったが、いかんせん昨日の今日では準備できるものなんて限られているから、午前中買出しに行って出来合いのものを買うか食材を買って料理するかはその場で決めることになっていた。
 朝比奈さんならなにか作って持ってきてくれるかもしれないが、彼女の参加は午後からだ。
 昼間は大丈夫だと言っていた古泉は遅れるとさっき連絡があった。
 俺は昨日買ったケーキとチキンを届けに早めに長門の家を訪れていた。多分食器が足りないと思うが、それを確認もしたかったからな。
 部屋の前まで着て、ドアの中から姿を見せた長門を見て俺は目を見張った。
 なんと長門は普段着を着ていたのだ。いや、ここでは普通の人間なのだから当たり前なのだが、玄関を開けて俺を迎えた長門は下は膝上丈のフレアスカートに上はブラウスと無地のトレーナーを重ね着という実に普段着らしい格好をしていた。
 早速台所をチェックさせて貰ったが、案の定、食器らしき物が殆ど無く、買い物リストにパーティー用の使い捨て皿やコップが追加された。どうにも計画性って物が足りないが、パーティー自体昨日の午後思い立ったのだから無理からぬことだ。
 予算は公平に割り勘。後で清算するってことで、レシートを取っておくのが決まりだった。
 俺はジュース類、菓子類、そして今加えた食器類等、買う必要のあるものをリストで確認しつつ、一緒に買出しに行く予定のハルヒが来るのを待った。しかし、なんだかんだいって結局幹事の役割を果たしている俺ってなんなんだ。
 そろそろかなと時計を見上げたタイミングで玄関の呼び鈴が鳴った。約束した時間の丁度5分前だ。長門が玄関へ向かい、しばらくして聞こえてきた声はやはりハルヒだったが、あいつはとんでもない『おまけ』を拾ってきたのだ。
 そいつはハルヒと同様の長い黒髪を揺らして現れた。
「もう、キョン君、有希のところでやるんだったら声かけてよね」
「あ、朝倉っ?」
 ハルヒと一緒に客間に入ってきたのはなんと朝倉涼子だったのだ。
「ねえ、ジョン、涼子ちゃん料理できるんだって!」
 涼子ちゃんと来たか。
 ハルヒは馴れ馴れしく朝倉の肩に手を置いて向日葵みたいに微笑んだ。下は短めのキュロットにハイソックスと活発なイメージのハルヒに対して、フレアのロングスカートを履いて全体を白系でまとめた朝倉は清楚な雰囲気を醸し出していて好対照を示していた。
「時間のかからない物しか出来ないけど腕ふるうわね。家でやる分のもおすそ分け出来ると思うから」
 朝倉は別にハルヒに対抗している訳ではないだろうが、そういいながら負けじと笑顔の花を咲かせた。ハルヒも朝倉もかなりの美人だからこうして並んでいるとなかなか壮観だ。だが、ある意味どちらも危険物だから単純に喜んでる訳にはいかん。
 つうか、何時の間にハルヒはこいつと仲良くなったんだ? いやそれ以前に俺の話を聞いたハルヒはこいつがどういう奴だか知っているはずなのにどうなっているんだ?
 俺の訝しむ視線に答えるように朝倉は言った。
「実はわたしの家でもこれからクラスの友達呼んでパーティーなのよ。本当は有希も呼ぼうかと思ってたのよね。でも、いつのまにか仲間が出来ちゃったみたいだから有希はこちらにお任せするわ」
 相変わらずのAA+ランクの笑顔で愛想良くそんな話をする朝倉だが、俺には笑えない話だった。だが、無碍に追い返すわけにも行くまい、というより大人しく引き下がってくれるとは思えんし、それでハルヒに臍を曲げられたら厄介だ。
 仕方なく俺はパーティーの準備を進めることにする。
「買出しはどうするんだ?」
「あー、そうだったわね」
 ハルヒは持ってきた手提げ袋から、飾り付け用の星やら電飾やら白い綿やらトナカイの人形やらを取り出しながら返事をした。元の世界では文芸部室を飾っていた品々だ。
「あら、有希も行くの?」
 朝倉は長門がコートを羽織って来たのを見てそう言った。
 長門はそれに頷いた。
「だったら留守番引き受けるわよ。有希とは知らない仲じゃないんだから」
 その申し出は有り難かった。ハルヒにどうなってるんだか問いたださないといけないからな。
「じゃあとっとと行くわよ!」
「あ、ああ。そうだな」
 俺は部屋の隅に脱ぎ捨ててあった上着を羽織って長門とハルヒに続いて玄関から出た。
 エレベータの中で俺はハルヒに聞いた。
「どうなってるんだ?」
「何の話?」
「朝倉だよ。いつの間にあんな仲良くなったんだ?」
「ここで会ったのよ」
「ここだぁ?」
 エレベータは一階に到着し、俺達はホールに降りた。
 『ここ』とはこのマンションのエントランスの事だった。
「ほら、ここって電子ロックですぐに入れないじゃない」
「そうだな」
「で、有希ちゃんの部屋番号押す前に……」
 偶然、朝倉と鉢合わせたのだが、朝倉がハルヒを覚えていて話し掛けてきたそうだ。
 そして、長門の家で急遽パーティーを開くことになったと聞いた朝倉が料理を差し入れてくれると申し出て、それでそのまま長門の部屋まで一緒に来たということらしい。
 そういや、エントランスからの呼び出しじゃなくていきなり部屋まで来たよな。
 とまあ、ここまでは常識的にいえば普通だ。
 あとは長門抜きで話をしなければならない。
「長門、ちょっとハルヒと話がしたい。先に行ってジュースとか見繕っててくれるか?」
 長門は少しの間俺をじっと見詰めた後、頷いて先に歩いていった。
 行き先は少し行ったところにあるコンビニだ。
 とことこと歩いていく長門が電子ロックのあるエントランスの向こうに消えた所でハルヒは俺の方に向かって言った。
「なによ、話って? わざわざ有希ちゃん先に行かせて」
「判ってるだろ、朝倉だよ。お前知ってるだろ?」
 それを聞いたハルヒは眼を一寸見開いた後、「なんだその話?」とでも言いたそうに今度は目を細め、口は不満げに突き出し気味で言った。
「……全然普通の人じゃない。がっかりだわ」
「はぁ?」
「ジョンがあんな話するからどんな奴だろうって期待してたのに」
 すると何か?
 ハルヒは朝倉が人格障害者で殺人鬼だと思ったから仲良くなったとでもいうのか?
「だって面白そうじゃない。でも、まだ判らないわね。もしかしたらあれは演技なのかもしれないわ」
「危ないだろ!」
「でもあの子もあんたの世界では宇宙人の手先だったんでしょ?」
「そりゃそうだけどな」
「だから、あたしたちを監視に来た宇宙人のスパイの可能性が高いのよ。涼子ちゃんは要チェックよ! いい?」
 なるほど判った。
 宇宙人かもしれない奴とは仲良くしておいて損は無いと思ったわけだな。
 つまり朝倉涼子はハルヒのお目に適ったって訳だ。


 長門はペットボトル物の並んでいる棚の前でぼーっと突っ立っていた。
「待たせたな。何か良さそうなのあったか?」
 黙って長門は棚の方を指差した。
 その細くて白い指の先には『アプリコット』という文字。
 ああ、これは……。
 頭の奥に何かがシンと響いた。
 そうだ、俺が初めて奢ることになった時、こいつが発した言葉がこれだった。
 なにか意味があるのだろうか?
 そう考えたが、まあ、あいつがイメージした普通の人間の長門がこいつの筈だから好みとして採用したって所だろうと納得し、それ以上深く考えるのはやめた。
「これが良いのか?」
 長門は黙って頷く。
「こら、何やってるのよ、ぐずぐずしないでさっさと選ぶ!」
「お、おう」
 長門が選んだのを含んで俺が適当にお茶とジュースを見繕い籠に入れると、更にハルヒが追加した。っていうか重いぞ。
 あとは荷物持ちに徹して長門にパーティー用の皿とコップを選んでもらう。
 菓子類は朝倉の料理が予定外なので様子を見て必要なら後でまた買いに来ることにする。
 ていうかハルヒは何やってるんだ? ジュースを選んだあと何処かへ行ってしまったが。
「いまいちね」
 居た。
 ハルヒはレジ近くの季節限定のクリスマスグッズコーナーで小ぶりなツリーやら電飾用品やらを漁っていた。こんなもんコンビニにあるだけでも珍しいのに質を求めるのが無理ってもんだ。だいたいコンビニには捌けやすい安物しか置いてないのが常だ。
「ほれ、もう戻るぞ」
「ジョン! いまからクリスマスツリーを調達に行くわよ!」
「はぁ? 買い物はどうするんだ?」
「そんなの有希ちゃんに任せればいいわ」
「無茶いうな、っていうか全部で10キロあるぞ」
 買いすぎだよなあ。2リットルが5本だぞ?
「大丈夫」
 パーティー皿セットとプラスチックコップの入ったレジ袋を下げた長門がボソッと呟いた。
「一応訊くが、これ、持てるって意味か?」
 思わず俺は聞き返してしまった。
「かして」
「あ、ああ」
 長門が手を伸ばしてくるので2本入りの方を手渡した。
 重みで長門の身体が傾く。
「そっちも」
 食器の袋を持ち替えて空いた手を伸ばしてきたので3本入りの方も渡した。
 一応バランスは取れたようだ。
「じゃあ、気をつけて行けよ?」
 長門は頷いた後、ふらふらと危なっかしく長門のマンションがある方に向かって歩いていった。
「さー、こっちも急ぐわよ!」
 見えなくなるまで見送る暇も無く俺はハルヒに引きずられて、駅前の商店街まで移動した。
 商店街は今日も人でいっぱいだ。
 アーケード内の店を眺め回すハルヒに俺は言った。
「この辺にはツリーなんで売ってないぞ」
「買わないわよ。貰うの!」
 なんだって?
 いや、もうお判りと思うが、ハルヒは店先にピカピカのクリスマスツリーが飾ってある店を端からあたり、見事に3軒目にしてクリスマスツリーを電飾込みで貰い受けることに成功した。ちなみにこの店には、発光ダイオード式の新型と電球式の旧型の2本ツリーが立っていたが、古い方は今シーズンを最後に処分を考えていたんだそうだ。費用をかけて処分するよりはただで持っていってくれるのならそのほうが有り難いということだった。
 で、鉢の部分も含めて朝比奈さんの身長くらいはありそうなツリーをどうやって長門のマンションまで運搬するか、だが。
「さ、ジョン、運びなさい」
「俺か?」
「当たり前でしょ! そのために連れてきたんだから。有希ちゃんがあれだけ頑張ったのよ? あんたも根性見せなさいよ!」
 だ、そうだ。
 そこから俺は歩く人間クリスマスツリーと化して人目を引きつつ長門のマンションまでの道のりを歩くハメになった。ちなみにこのツリーはリアル植物ではなく作り物で、嵩張って持ちにくいが、思ったほど重くはなかった。