12月23日。
 今日は土曜日だが、超SOS団の活動日になってしまったから、学校へ行かねばならん。それもこれもハルヒが私立の進学校なんかに通っているのが原因だ。尤も、あいつが北高に通っている世界でもあいつは何かと妙なことを思いついては土日も俺たち団員を引っ張り回していたからあまり変わらないといえば変わらないのだが。
 明後日、月曜日が終業式だからもう2学期の授業はない。
 ちなみにハルヒの方は今日が終業式だそうだ。
 そして、今日で俺がこの世界に戻ってしまった日から数えて4日目。ここに来て俺は朝倉の恐怖に耐えるのとハルヒに振り回されることしかしていない気がする。手がかりもまだ見つかっていない。
 こんなことで何とかなるのだろうか?
 しかし、この世界には長門のスーパーパワーも朝比奈さんのタイムトラベルも古泉の超能力はこの際役立ちそうに無いからいいか。とにかく何も無いのだ。
 無いといえばここのハルヒも世界を都合よく変える力だったかが無いと言ってたな。それは長門が奪ってしまったからだと聞いた。そして長門は世界を改変し、情報統合思念体とかいう宇宙の始まりから存在してるあいつの親玉まで消し去ってしまった。長門が世界の情報に干渉したのは、今から4日前の18日から遡って365日だったっけか。たしか長門はそう言っていたな……。
 ん? なんか変だぞ?
 長門の親玉は宇宙の始まりから生きてたのに、たった365日の干渉でそれを抹殺することなんて出来るのか? 宇宙の始まりって言ったらうろ覚えだが何百億年って数字だったはずだが。そんな疑問を持ってもそれに答えてくれる長門はここには居ない。いや居たとしてもそれこそ俺の理解の限界を離れて宇宙の果てまですっ飛んでしまったようなわからん説明を聞かされるだけだろうが。


 不本意だが俺は約束より早く学校に出張ってホームページ作りをしていた。部屋の方は長門が一日中使うと申請していたので使うのは問題が無かったが、俺一人でいいのに長門も早く来ると言って譲らなかったのでいまは部室に二人きりだ。長門は先に準備するからといって、なにやら文芸部のホームページを更新した後、俺に超SOS団のホームページを上げる場所を指定して俺と交代した。
 実は俺には長門が何をしていたか予想がついていた。
 長門がいつもの場所に戻って、ごついハードカバーの本を開いてから、俺は長門に訊いた。
「なあ、長門、もしかして文芸部のページにお前が書いた小説とか上がってたのか?」
 捲ろうとしていた本のページが長門の指を離れ宙ぶらりんになるのが見えた。
どうやら図星だったらしい。しかし動揺する長門を見られるなんて思わなかったな。
「そうか。どこかこの辺に入ってるんだな? 読んでいいか?」
 そう言うと長門はがたんと椅子を鳴らして立ち上がり、見違えるような機敏な動作で俺のところまで歩いて来たかと思うと、パソコンのモニタの電源を切った。
「……だめ」
 そして、じっと俺を見下ろした。
「わ、わかった」
 頬を赤く染めて、泣きそうな顔してそんなこと言われたら、読むわけにはいかないだろ。
 第一、泣かせたら朝倉に何されるかわからんのだし。
 とりあえず、長門は文芸部のページに上がっている自作小説を読ませないために朝からここに来たのだと判った。というか読まれたくないんだったら上げるなよ。


「興味深いですね。それも過去というものが情報で表されるという前提ならば可能でしょう」
 古泉はいつもの薄笑いを伴ってそう答えた。俺が今朝思いついた疑問についてこいつに意見を聞いてみたのだ。
 今日は終業式だけだと聞いていたが、11時前には古泉は部室に姿を見せていた。ハルヒは用事があるから遅れるそうだ。ちなみに朝比奈さんは約束の時間の5分前に来て、俺のホームページ作りを後ろから眺めていたが、今は長机のところで椅子を出してちょこんと座っている。
「そうなのか?」
 古泉はいまいち俺の話を信用していない節があるが、今は暇つぶしに俺の話に付き合うつもりらしい。
「理屈では、というより屁理屈の領域ですが、この場合、長門さんをはじめ、地上に居るその全てのインターフェースから見てその思念体でしたか、が初めから存在してなかったということになるだけでも十分ですよ。何故ならそれを認知する手段も無くなるわけですから。世界としては成立するんじゃないですかね」
「だったら長門が親玉から決別しただけで、それはどこかに存在しているってことになるんじゃないのか?」
「そうですね。ただその何処かというのが、改変されていない過去の時空というところがネックですが」
「じゃあ、やっぱりこの時代にはそいつは存在しないってことか……」
「ええ、ただし、貴方の話によると、そのインターフェースという存在は、時空を越えた干渉が可能のようですから、貴方が親玉といっているその思念体というのも当然時間や空間を越えた存在のはずです。だからその思念体がこの時空に干渉してくる可能性が無いとは言い切れません。たとえば新たなインターフェースを創造するとか」
 ううむ、半分くらいしか理解できないが、つまり希望があるってことだな。
 結論を言うと、つまり長門はただの読書好きの眼鏡っ子になってしまったが、それなら他に前の長門のような奴を探せばいいってことだ。
「希望があるということなら、未来人についてはもっと簡単ではないですか?」
「どういうことだ?」
「貴方にも想像がつくことです。未来にタイムマシンが発明されるという事実は直接改変されたわけではないですよね?」
 ああ、そうか。つまり現在が変わって多少の誤差はあれど、この世界から続く未来にタイムマシンが発明されないとは言い切れない。だから、朝比奈さんじゃない誰かが未来からやってきている可能性を否定できないってことか? わかったぜ。すげえ、俺頭いいじゃん。
 ただ超能力者だけは対ハルヒ対策で発現したようなもんだからちょっと無理っぽいよなあ。まあ、居ても役に立たないから別にいいが。
「まあそうですね、その通りです」
 古泉はさも判るのが当然のようなむかつくしたり顔で頷いた。
「でも、どうやって探しますか? 涼宮さんがその観察対象ではないとすると、僕達の周りにそういった存在が見つかる可能性も限りなくゼロに近いのではないですか?」
 そうなんだ。それが最大の難点だ。
 ハルヒが無作為に選んだ奴が只者でなかったということはこっちの世界では100%起こっていないのだから。
 ただ、古泉との会話でやるべきことが見えてきた。
 とにかく宇宙人と未来人探しだ。なんだハルヒのしたいことと一緒じゃねえか。
「遅れてごめーん!」
 噂をすれば、勢いよくドアが開いてハルヒが飛び込んできた。
 なにか良いことでもあったのか、元気良く髪を振り乱して100ワットの笑顔も絶好調だ。
「遅れたのは別に良いんだか、何だその荷物は」
 ハルヒは大きな手提げ袋をぶら下げていた。
 買い物といえば飲み物やらおやつやらは皆持ち寄りで買ってきていたが、それとは規模が違う。
「備品を買ってきたのよ」
「備品だぁ?」
「そうよ。超SOS団に絶対必要な要素よ!」
 ああ、なんか嫌な予感がして来たぞ。
 とくに朝比奈さん方面にだ。
 朝比奈さんがこれから起こるであろう惨劇に気づくはずもなく、無用心にも「なんですか?」とハルヒが袋から取り出した光沢のある布キレに興味を示して寄ってきた。
 俺はもう判ったがな。
「古泉、廊下に出よう」
「何故ですか?」
 ハルヒの「さあ、みくるちゃん、着替えの時間よっ!」というセリフを背に、有無を言わさず古泉をひっ掴んで廊下に引っ張りだしドアを閉めた。
 程なく中から朝比奈さんの「ひぃ」とか「ひゃん」とか「なんなんですかー」とかが聞こえてきた。まあ、同じ人物のやることはやっぱり一緒だ。
 そして、頃合を見計らってノックをしてハルヒが「いいわよー」とか言うので中に戻った。
「なんなんですかぁ? どうしてこんなのに着替えないといけないんですかぁ?」
 なんというか、到来する想いも色々あるのだが、朝比奈さんとハルヒが揃ったバニー姿は実に久しぶりだったとだけ言っておこう。


「正気か?」
「あたり前でしょう!」
 いざ出陣と朝比奈さんを引きずって出て行こうとしたハルヒを俺は押し留めていた。
「問題を起すなって言っただろう? お前、朝倉に刺されたいのか」
「なんでよ?」
 ホームページとメールアドレスをメモっていたが何をするのかと思えば、ハルヒは超SOS団のビラを刷ってきたのだった。
 内容は言わずもがな、そういう存在や、そう言う存在に心当たりある人は連絡くださいというお願いだ。丁寧にも連絡先として文芸部のメールアドレスと間借りして作った超SOS団のホームページのURLがしっかり印刷されている。
 だが、配るといっても、今日は土曜日で生徒なんて殆ど居ない。
 校門で配るんじゃ無い。
 ハルヒはこのイカレた格好で駅前まで行って配るとかぬかしやがった。
「問題になるに決まってるだろ! 学校に通報されたら停学モノだぞ。お前のとこ進学校だろ? こういうのうるさくないのか?」
 だいたいクリスマス前の土曜の駅前なんて人でいっぱいだ。北高生やハルヒの光陽園の生徒もうろついてるに決まってる。
「判らないわよ、制服じゃ無いんだから。大丈夫、見つかったら逃げればいいわ」
「そういう問題じゃねえよ」
 第一、ビラにうちの学校のドメインがしっかり書いてあるんだぞ。
 問題になれば、というか100%なるに決まってるが、真っ先にうちの学校に連絡が来るよな。
 そしてホームページアドレスから文芸部が割り出されて、長門が呼び出されると。
 ハルヒと古泉が一緒にいたのを朝倉に見られているから当然光陽園にも話が行くだろう。
 いや、光陽園生に目撃されてそっちからってのも考えられる。
 二校をまたがっての大問題だ。
「なによ、早く手がかりを見つけたいんじゃないの?」
「そりゃそうだが、やり方を考えてくれ。配るなとは言わない、けどな、バニーガールだけはやめておけ」
 そう思うならバニーとわかった時点で何故止めなかったのかって? あいつの突発的な行動を俺が止められるわけないだろう? ものにはタイミングってものがあるんだ。 決して朝比奈さんとハルヒのバニー姿が見たかったって訳じゃないぞ?
 ハルヒは不満げに口をアヒルみたいにして俺を見つめていたが、
「わかったわ。ただ目立てばいいってもんでもないものね」
 そう言ってまた元の上機嫌な表情に戻った。
「ああ?」
 いやに物分りが良いじゃないか。なんだよその切り替えの速さは。
「大丈夫、ちゃんと違う衣装も用意してきたんだから」
「ひっ!」
 もうトラウマになったか。ハルヒが新たな衣装を取り出すのを見て朝比奈さんが身を硬直させた。
 いやその袋やけに大きいと思っていたが、まだ入っていたのか。
 ハルヒがまず取り出したのは見覚えのあるメイド服だった。


 結局その日の活動は、坂を下りたりチラシを配ったり坂を登ったりハルヒのわがままを聞いたりと非常に疲れる一日となったわけだが、不思議な連中の興味を引く妙な力が無くてもハルヒの厄介ごとを創りだす才能は健在だった。
 あんなチラシでメールが来るとも思えないが、まあチラシを配るだけで済めばまだ傷は浅くて済んだのかもしれない。
 チラシ配りは三駅先の駅前の商店街で行われた。そこはクリスマス商戦も追い込みで非常に賑やかだった。店先でケーキやらチキンやらを売りつける俄(にわ)かサンタが、販促活動にラストスパートをかけている中で、それに混じって、悲壮感漂う美人メイドと寡黙な魔法使い(三角帽のみ)を従えた女サンタが謎のチラシを配るのはなかなかシュールな光景だった。ちなみに男性陣は荷物もち兼ボディーガードだ。
 この衣装に関しては、商店街にも似たようなのがうろついている時期であるので、渋々であるが同意した。まあバニーガールが配っていた、というのと比べれば問題になる確率は低く抑えられたといえる。
 クリスマス前の浮かれた商店街の雰囲気に助けられたせいか超SOS団のチラシは、それが結果に繋がるかどうかは別にして、ことのほか良く捌けた。 
 そして、あらから配り終え、撤収しようとしていた矢先にハルヒがケーキ売りサンタの前で立ち止まり、なにやら考え込んだのだ。
 いや、これはこいつがなにか厄介なことを言い出す前兆だった。
「ねえ、ジョン、クリスマスよね」
 勢い良く振り返ったハルヒの髪がサンタ帽の下で跳ね上がる。
「ああ、そうだな」
 ハルヒは頭に白いふちの付いた赤い帽子を被り、赤いコートに赤パンツ。何処から見てもサンタそのものだ。誰が見たって立派にクリスマスだ。
「違うわよ、クリスマスって言ったら仲間で集まってパーティーに決まってるでしょ!」
 そんなこと何時決まったんだ。
「あのなあ、まさか今からおっぱじめる気か?」
「みんな明日予定は無いわね? あったら開けなさい!」
 相変わらず人の話を聞かない奴だな。
 イブの前日になにが『開けなさい』だ。そういうことはもっと早く言え。
 いや、こいつには無理か。このハルヒは超SOS団とか言い出す前は、クリスマスパーティーをするなんて思いつきもしなかったのだろう。
「まあいいが、当てはあるのか? パーティーっていったら場所も食い物も必要だぞ」
「食べ物なんか今から買えばいいじゃない。場所はあんたが何とかしなさい!」
「バカ言え、そんな場所……」
 と言いかけて、閃くものがあった。うん、なかなかいいアイデアだ。俺冴えてるぜ。
「ああ、一つだけ思い当たるぞ」
「何処よ?」
「長門」
 俺は振り向いて、頭に三角帽子を乗せたまま黙っていた長門に声をかけた。
「明日はどうなってる? 家に誰か来るのか?」
「こない」
「パーティー、お前の家でやっても良いか?」
「いい」
「だ、そうだ」
「じゃ、決まりね!」
 長門はこちらでも広いマンションに一人暮らしだった。
 両親がどうなったことになっているのかは不明だが、一人で寂しくしてることは間違いないだろう。押しかけてパーティーの一回や二回やってもバチは当たるまい。
「朝比奈さんは明日大丈夫ですか?」
「え、はい、お友達にも呼ばれてますけど、ずっとじゃないので。予定を決めていただければ調整しますから」
 朝比奈さん、なんていい人なんだ。あんな出会いをしてまだ数日だっていうのにこんな怪しげな団体のパーティーにそんな気持ちいい笑顔で出席を決めてくれるなんて。
「ちょっと、有希ちゃんの家、どのくらい使えるの?」
 ハルヒが長門に訊いていた。
「ずっと」
「ああ、いま長門は一人暮らしなんだ」
「一人暮らし? じゃあ一日中でいいわね」
「かまわない」
「朝比奈さん? そういうことらしいけど?」
「あ、じゃあ午後から参加させていただきます」
「一応、聞くが古泉はどうだ?」
「一日というのは無理ですが昼間は大丈夫です。夕方から抜けさせていただくと思いますが」
 ずっと荷物持ちだというのに相変わらず薄笑いを崩さない古泉は考えることもなくそう言った。
 そういやこの物好きはハルヒに惚れてるって言ってたな。惚れた女とクリスマスを過ごせるなら喜んで来るってか。
 というわけでハルヒの思い付きにより急遽、長門の家で超SOS団のクリスマスパーティーが開催される流れとなり、その後の時間はパーティーの計画を立てる時間となった。
 なんか俺のしたいことと方向性がどんどんズレていってる気がするんだが。
 ところで長門の家で開催する件だが、別に『おまけ』の来る可能性をを失念してたわけじゃない。その『おまけ』は取り巻きも多いし別口でパーティーに参加してるに違いないと決め付けていたのだ。
 だがそれは考えが甘かった、というくらいでは言い表わせないくらい甘かったわけだが。