第3章


 12月25日。
 月曜は終業式だった。
 土日を挟んで月曜に終業式をやるくらいなら金曜で終わりにしてくれれば良いものを。実際私立の光陽園は土曜だったが週末に終業式を終えている。まったくうちの高校は気が利かない、などと思っていたが、国木田によると公立の終業日は決められていて学校の一存では変更出来ないんだそうだ。
 だったらそれを決めてるやつに同じ事を言いたいね。
 そんなこんなで俺は講堂と化した体育館で校長の訓辞やらを聞き終えて、教室では休み中の諸注意やお知らせのプリントを受け取って、あとは帰るだけとなっていた。
 席が後ろなので朝倉には一度顔を合わせたが、今日は特に何も言ってこなかった。
 まあクラスの人気者だから、ホームルームが終わってすぐ取り巻きと一緒にどこかへ行ってしまって話す暇も無かったんだが。
 昨日はあれからすぐにパーティーは終了になった。
 古泉が最初の約束通りにさっさと帰ってしまったのを初めとして、朝比奈さんはもうそろそろお暇するという鶴屋さんと共に帰ると言いだした。そして自分達の分だけでもと、後片付けを始めたのだ。結局俺も、だったらもう終わりにしましょうと提案し、皆で残り物をお土産として分けたり、食える物は胃に収めたりした。
 そして朝比奈さん達が帰った後、部屋の主である長門と、同じマンションの朝倉とあと俺で掃除やら残りの後始末を行ったのだ。
 長門の部屋に残ったのは、長門の分け前の料理が少々と、ハルヒが置いていっていったクリスマスグッズと、あとは俺がはるばる商店街から運んできた大きな電飾付ツリーだけだ。そういやあれどうするんだ?
 そんな感じで超SOS団のクリスマスパーティーは終了、というか、強制終了してしまったのだ。
 長門は俺に謝っていた。
 長門のせいで俺が糾弾されたと思ったらしい。確かにきっかけはそうだったが、あれはハルヒが悪いんだ。だから気にするなと言ってやったが、片づけが終わって帰り際まで長門はすまなそうな顔をしていた。


 さて、俺は谷口と国木田に今年最後の別れを告げ、速攻で文芸部室に向かった。
 光陽園はもう休みに入っていて超SOS団の集合ってわけでも無いのだが、元の世界の習慣ってやつが俺の意識に根付いていて自然とそちらに足を向かわせてしまうのだ。
 あんなことがあってハルヒとは顔を合わせ辛いが、今日はその心配も無いし、当然居るであろう長門の様子を見たいというのもあった。
 だが、奴は居た。
「遅い! 何やってたのよ!」
 部室のドアを開けた俺にハルヒがいきなり甲高い声を浴びせかけてきた。
「ハルヒおまえ?」
「なにガマガエルが爆竹食らったような顔してるのよ? 言ったでしょ、終業式までは毎日集合って!」
 その喩えはどうかと思うが、俺はてっきりハルヒは超SOS団やるのが嫌になったのかと思っていた。あの時ハルヒは俺にそう思わせる程の表情をしていた。
 だから休みなのにわざわざこっちの高校までハルヒが足を運ぶなんて思ってもいなかったのだ。
「ああ、聞いたが、それってそっちの高校の終業式じゃなかったのか?」
「喜びなさい、ちゃんと下っ端として使ってあげるから。あんたはナンバー4に降格。最下位よ。いい?」
 聞いてねえ。いいも何も、いつからナンバー制になったんだ?
「どうなっているんだ?」
 俺は近くで薄笑いで肩をすくめていた古泉に訊いた。
「さあ、どうもこうも、僕もいきなり呼び出されて来ただけですから。もう冬休みですし今日集合とは思っていなかったんですけどね」
 ハルヒも古泉もご丁寧に制服着用だ。おそらくハルヒの命令だろうが、こいつは出鱈目なようで時々変に気をまわした行動を取るところが笑わせてくれる。
 部屋には長門は言うに及ばず、朝比奈さんの姿も見られた。
 ちょっと疲れた顔をしているが、大方、教室でボーっとしている所をハルヒに捕獲されたか何かだろう。
「さて、全員揃ったところで超SOS団のミーティングを始めるわ!」
 ハルヒは昨日の重さは何処へやら、目の輝きも絶好調だった。
 昨日は帰りがけにあんな顔をしていたから結構心配してたのに、俺がバカみたいじゃないか。
「まずは活動方針を考えて来たのよね、そこのバカジョンは当てにならないから。いい?」
 バカジョンいうな。まあいいだろう、言ってみろ。
「なによ偉そうに、あんたは下っ端なんですからね、発言は控えなさいよね。まあそれはともかく、我が超SOS団の目的は、」
 俺はハルヒの言葉に続けて言ってやった。
「宇宙人、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと」
 元の世界のハルヒが言ったそのままだ。
「そーよ、ってなんでジョンが言うのよ!」
「違うのか?」
 ハルヒはぐっと言葉に詰まり、口を尖らした。
 やっぱりこいつの考え出すことなんておんなじだ。
「まあ、いいわその通りよ。そこのバカみたいな嘘つきもいるから気をつけないといけないけど、我々超SOS団はそんなのじゃなくて本物の宇宙人や未来人や超能力者、それから異世界人を募集しています。いい?」
 俺を嘘つき呼ばわりか。
 話を信じた方が「面白いから」信じたんじゃなかったのか?
 いや、ということは俺の話を信じるのが「面白くなくなった」のか。
 まあ良い。やることは結局同じだからな。
「で、決まったのはいいが明日から冬休みだぞ?」
「そうなのよね、ここは一発合宿でもやりたいところだわ」
「合宿だぁ?」
 何をする合宿だ。
 泊り込みでミステリー探索なんぞやってられんぞ。
 俺の探し求めているのものはハルヒと違って限定されているんだ。元の世界に戻る手段に、UMAなんて探し出しても何の役にも立たん。いや、役に立たない物だけなら良いが、むしろかえって状況を悪化させるようなことが起きるような気がしてならないんだが。
「ねえ、有希ちゃんここって休み中は使えるの?」
 そんな俺の思惑など当然知ったことではないハルヒはもう次の算段を始めているようだ。
「28日までなら使える」
「来年は?」
「5日から。でも土日はダメ」
 即答だな。なんで長門はそんなに詳しいんだ?
「そう、じゃあやるんならまず年内ね」
「まて、やるってまさか」
「合宿に決まってるじゃない」
「ここでか?」
「当然」
「長門、いいのか?」
「見つからなければ」
 やる気だ。
 まさか長門までその気になるとは。
 俺は一縷の希望を託して朝比奈さんに訊いた。
「朝比奈さん、ご家族と旅行とかないんですか? 友達でもいいや」
「あ、いいえ、今年は特に」
「古泉は?」
「ええ幸いなことに。進学校ですので友達同士で旅行っていう雰囲気でもないですしね」
 幸いじゃねえよ。学校に泊まって何が嬉しいんだ。
「じゃあ決まりね!」
 俺は、気を利かせて確認したわけでもなく、その逆なんだが、ハルヒは俺の意図は全く判っていない様子で嬉しそうにそう宣言しやがった。
「まて、何時からだ? まさか」
「明日から泊り込むわよいい?」
「まてまて、せめて計画とか準備に一日くらい開けろよ」
「そんなの今日の午後だけで十分よ! 使える日が三日しかないんだから無駄に出来ないわ」
「飯の用意とかもあるだろ? 風呂はどうするんだ? シャワー室なんかつかえないぞ?」
 俺の異議申し立てに対して、ハルヒは口をアヒルにして俺を睨んだ。
「いいわ。炊飯器は探してくる。あとカセットコンロもね。食材は買えばいいわ献立、みくるちゃん考えといて。で、物資の集まり具合でいつから始めるか決めましょ、これでいい?」
「当てはあるんだな?」
「ジョン、あんた鍋類持ってきなさい。家にあるでしょ?」
 話を聞けって。
 まあ鍋一つくらいなら提供出来そうだが。
 家のだから終わったら返せよ?
「あとは、湯沸しポットと出来れば冷蔵庫も欲しいわね。それから寝具は各自用意すること、床で寝るから寝袋がベストよ」
 いきなりサバイバルだな。
 またもなし崩しに俺はハルヒの巻き起こすイベントに巻き込まれているわけだが、思い通りに行かないのが世の常だ。
 あるいはこのハルヒには回りの現象を自分の意志通りに変えてしまう能力がないからだろうか、合宿に早速障害が現れた。


 どういう経緯かさっぱりわからんのだが、ミーティング終了と同時に部室を飛び出して行ったハルヒは、数時間後になんちゃら商店とかいう廃品回収業をなりわいとするおっちゃんと共に軽トラックで北高まで乗りつけてきた。
「おい、どうしたんだ?」
「見てよ、炊飯器、冷蔵庫、ラジカセコンポに小型テレビまであるわ」
 電熱器もあるみたいだな。火力からいうとガスの方が良いんだが。
「そうか、とりあえず運べば良いんだな?」
 詮索しても疲れるだけだ。
 そう悟った俺は現実を受け入れることにした。
 脱サラして廃品回収業に勤しむKさん(41)は部室棟までの物資の運搬を快く引き受けてくれた。
 冷蔵庫だけは二人がかりじゃないと運べないので大人の腕力があって大変助かったと言える。
 ハルヒが残りのメンバーを呼びに行って全員でかかったので荷物運びは一往復で済んだ。
 その障害が現れたのはそんな時だ。
「……あのさ、わたしの立場も判って欲しいな」
 朝倉である。
 終業式の放課後、こんな時間まで何の用があったのか知らないが、朝倉は俺がおっちゃんと冷蔵庫を運んでいるのを目撃したらしく、その運搬が終わった直後に部室に飛び込んできたのだ。
 ハルヒは団長席(ここに2回目に来た時こいつが用意した団長と書いた三角錐付きの席だ)に座ったまま、朝倉の顔を見て不愉快そうに口を尖らせ、それから黙って視線を俺の方に向け、顎を朝倉の方へ振った。いわゆる「あんたが対応しろ」というサインだ。
 俺かよ?
 仕方なく俺は朝倉の前に出た。
「よう?」
 俺が声をかけると、案の定、飛び込んできた時の勢いも何処へやら、朝倉は微妙な顔をして顔を逸らした。
 が、何かを吹っ切るように頷くと、また顔を上げて教室で女子達の前でやってるように微笑みやがった。こいつ棚に上げたな。
 朝倉はまるで何事も無かったように元と同じ口調で続けた。
「生徒会役員とか風紀委員って訳じゃないんだけど、文芸部室が校外の部外者の溜まり場になるのを見過ごすわけにはいかないのよね……」
 朝倉は生徒会に知り合いがいて、この前出した長門の申請に口添えしてくれたのだそうだ。
 だから問題を起されると朝倉も困るとかなんとか。
 部室のドアのところで腕を組む制服姿の朝倉は、そんな話をしながら部室内に運び込まれた品々に視線を這わせていた。ちなみにその品々のところには今、朝比奈さん居て、汚れた外側を雑巾で拭いているところだ。
 まあ朝倉がそういうつもりなら俺も心の棚を増設することにしよう。
 朝倉を見習って「昨日のこと? なにそれ」という態度で俺は答えた。
「俺は校内だぞ? 朝比奈さんと長門もだ」
 この団体は校内のメンバーが過半数を占めているという主張だ。詭弁だがな。
「それはそうだけど。百歩譲って部費をかけてない備品は目をつぶるとしても」
 詭弁に納得したり、累々と積みあがった電化製品の品々にまで目をつぶると言うあたりは、実質、俺が朝倉の弱みを握っているようなものだからであろう。
 昨日のことは互いに棚に上げてはいるが、朝倉はあまり強く出られないらしい。
「でも、泊り込むのは止めてくれないかな?」
 気の早いハルヒは自分のシュラフを既に部室に持ち込んでいた。泊まる気満々なのが見え見えである。
 ちなみにそのハルヒは相変わらず団長席で腕組みをし口をアヒルにしている。
 やつは朝倉との直接戦闘は避けて俺を前線に送り込み、安全なところでふんぞり返っているってわけだ。
「あー……」
 しかし、どうすりゃいい?
 後ろからはハルヒが睨んでるし、目の前の朝倉は前ほど怖くは無いが、やはりやりにくい相手である。
 だが、そんな膠着状態の俺に助け舟を出したのは意外にもハルヒだった。
 俺が言葉に詰まって困惑していると、ハルヒはガタンを音を立てて席を立ち言った。
「わかったわ! 考えてみれば非常識よね。でも毎日使わせて貰うから」
 表情も180度変わっていやがる。
 しかしなんだ? あのハルヒが妥協した? 明日雪でも降るんじゃないか?
「判ってくれましたか。許可さえあれば普通に使うのは問題ないわ」
「涼子ちゃんに迷惑かけちゃ駄目よね。ごめんね」
 ほっとした表情の朝倉に応じているハルヒは例の100ワット笑顔だった。
「いいえ、なんか盛り上がってるところ水を差してしまって心苦しいわ」
 結局、朝倉はあまり目立つことをされると庇い切れないから気をつけてと言葉を残し、文芸部室から去っていった。
 こいつは驚きだ。
 あのハルヒが人並みの分別を持っていたなんて。
 みろ。空が曇って雪でも降って来そうじゃないか。
「こらジョン! なにクソ真面目に対応してるのよ。 あんなの適当に言い訳して追い返せばいいのよ!」
 朝倉が去った後のドアを阿呆みたいに眺めていたら、ハルヒがまた機嫌良く怒るという器用なマネをした。
「はぁ? てことは、合宿は?」
「やるに決まってるでしょ。でもあいつ何時まで学校うろついてるのかしら? ちょっと気をつけないといけないわね」
 こいつは驚きだ。
 あのハルヒが人並みに裏表を使い分けてるとは。
 見ろよ、さっきまで曇っていた空が晴れてきやがった。関係ないがな。
 結局のところ、ハルヒが異常に早く炊飯器などを調達してきてしまったので、明日から学校に泊り込むことになったのだ。


 このときはまだ、この合宿から事態の急転直下の推移を見せるなんて思ってもいなかった。この時点まではな。