終業式の翌日の朝、古泉から電話があった。
 何が悲しくてか、今日から部室に泊り込みなのだが、古泉は早朝俺の携帯にかけてきて集合前に会って話がしたいと言ってきた。
 改まって古泉が俺に話なんて何の話やら想像がつかなかったが、なにやら神妙な話し振りなので俺は聞いてやる気になった。
 そんなわけで俺は合宿の荷物を背負って駅前の待ち合わせた場所に向かった。
 待ち合わせ場所には既に古泉が来ていて、学校のバッグとあまり変わらない大きさの荷物を手に俺を出迎えた。
「意外に軽装だな?」
「着替えだけですからね、必要な物は昨日殆ど持ち込んでしまいましたし」
 それは俺も同じだった。寝具などかさ張る物は昨日のうちに運び込んで部室に隠してある。
「まあそれはいいさ、で話ってなんだ?」
「まあ、ちょっとした話なのでどこかで落ち着きましょう」
 立ち話で済むような話ではないのだろうか? 古泉は近くの喫茶店に俺を誘った。
 注文のコーヒーが届いて一息ついてから古泉は言った。
「さて、どこから話せばいいかな」
 古泉にしては珍しく、困惑の色が表情に表れていた。
 こちらの古泉は元の世界の古泉と違って時々本音が見え隠れする点が少しだけ好感を持てたのだが、いまがまさにその状態だ。
「どうしたんだ? なにか非常識な話でもするつもりか?」
 冗談のつもりでそう言った。
 それは元の世界での経験に基づく台詞だったが別になにも期待しちゃいない。
 なにしろこの世界はまったく常識的で元の世界に見習わせたいくらいだからな。
 だが古泉はこう切り出したのだ。
「実は僕、超能力が目覚めたらしいんです」
「……」
 なんだ?
「それに気がついたのは、そう、先日のクリスマスパーティーから帰ってからです」
 これは、デジャビュってやつか?
 いや。
 初めて見たはずの風景やそこでの行動に自分はそれを既に見たことがある、行ったことがあると感じることがあるが、それを既視感(デジャ・ビュ)と言う。だが、これは違う。
 そうじゃない。もう二度と経験することは無いと思っていたことをもう一回経験しているって感じだ。そういうものに人は『懐かしい』という感情を抱くのかも知れないが、今の俺の場合はそれも違う。これは……。
「僕のほかにも何人か同じように目覚めた人が居るようで、今連絡を取り合っているところです。もっと早くにお話したかったんですけど僕自身混乱してましたし、昨日はその連絡とか色々ありましてね」
 俺の思考は麻痺しているようだ。待ってくれ。
 最初に古泉はなんていった?
 『超能力に目覚めた』、そう言ったよな?
 俺がこの世界に来て他人からその手の話を聞くのは初めてだ。
 俺の聞き間違いじゃないよな?
 俺は夢でも見ているんのか?
 古泉は昨日と同じ古泉だよな?
 冗談じゃないのか?
 悪い物でも食べたんじゃないのか?
「なんでそれが判ったのかというと、それも目覚めた能力なのでしょうかね、超能力が発現したと同時にどういう訳かいろいろ判ってしまったんですよ。……どうかしましたか?」
 俺の様子に気付いた古泉は話を中断した。
「ちょっと待ってくれ、おまえ俺を謀っていないだろうな?」
 古泉は俺の話を聞いている。だから、さも超能力を得たかのように嘘をつくことだって出来るはずだ。
 だが、古泉はそれを否定した。
「まさか。僕は物事を隠すことはあっても積極的に人を欺くようなことを好き好んで語りませんよ。そういうのは嫌いなんです」
「本当のことなんだな?」
「ええ、僕も突然のことで気が狂ってしまったのかと思ったくらいです。でも事実です。今なら先日あなたが話したことを信じられます」
 元の世界じゃ、滅多に見られない薄笑いの無い真剣な顔の古泉だった。
「で、どういう能力なんだ? それは?」
「概ねあなたから聞いた通です。お陰で僕はあまり混乱しないで済んだんですから、あなたには感謝しなくてはいけませんね」
 いや、そんなことはどうだって良い。
 俺が一番訊きたいことはそんなことじゃない。
「ハルヒなのか? あいつが原因なのか?」
 そう聞くと古泉はあっさり肯定した。
「はい、この能力が発現した時、この能力を何に使えばいいのか、いつ使えばいいのか、さらにその使う対象のことまで同時に判ってしまったんですよ。貴方の言ってた話の通りです。僕のこの能力は涼宮ハルヒさんが創りだす閉鎖空間を処理するためのものです」
「ハルヒにあの能力が発現しているってことだな?」
 世界を望んだ通りに変えてしまうという、しかし、本人は自覚が無いというあれだ。
「ええ。ただあなたの言う『あの力』というものと全く同じなのかまでは判りません。でもあの空間が涼宮さんの精神状態に感応して出来ることだけははっきりしています」
「だが、あいつはここではそういう能力は無かったはずじゃないのか?」
「そうですね、僕もそう感じています。ですが、涼宮さんは力の無い状態からある状態に変化しました。何らかのきっかけや条件があるのかもしれません」
「きっかけや条件?」
 なんだそれは?
 変化したのは古泉の能力が発現したタイミングからするとクリスマスパーティーだよな。
 もしかしてあれか?
 あいつは怒りの度を越して重く、静かになるほど怒ってた。あれが原因なのか?
 原因といえばあそこまで怒った理由もいまいち判らんのだが。
「今後は涼宮さんをあまり怒らせないようにしたほうが懸命でしょうね。僕は予備知識があって他の仲間の指導的立場に祭り上げられそうな気配なんです。だから涼宮さんの精神的安定はあなたに多くを任せることになると思います」
「また俺なのか? 今度は学校が違うってのに」
「『また』といわれても僕には前回がないので何ともいえませんが……」
 そりゃそうだな。この古泉はまだ超能力者初心者だ。
「そうそう、この話は涼宮さんには内緒にしてくださいね。あなたの話からすると、能力のある涼宮さんが自分の能力を自覚するのは好ましくないようですし、実は僕もそう感じていますから」
 判ってるさ。俺だってこれ以上判りにくい事態は御免こうむりたい。
「もっとも、あなたが話しても今の涼宮さんはあなたを信用しないでしょうけど」
 そう言って古泉はまたあの薄笑いを浮かべた。
 それはそうだ。
 だが俺が『嘘つき』呼ばわりされて、ハルヒがそれを信用しなくなったと同時にそれが発現したなんて皮肉もいいところだ。
「信用と言えば、その超能力、俺に見せられるか?」
「今は無理です」
「判っている。アレが発生した時でいい。この目で見るまでどうにも信用できん」
「判りました。おそらく近いうちにお見せできるでしょう」
 まあ9割方信じているんだか。元の世界であったトンデモ体験と比べればまだ今の古泉の話は可愛いもんだしな。
 というか、今のこの世界自体が俺にとってはトンデモ体験なわけだが、それは置いといて。
 しかし何てこった。
 非常識な存在が封印されてノーマルだったはずの世界がまたあのスットコドッコイのせいで唐変木な世界に早変わりか?
 まあ、古泉はいい。
 だが、他の長門や朝比奈さんはどうなんだ?
 古泉の超能力は考えてみれば後天的だったから途中で変化ってもの在りだ。
 だが普通人である長門が突然宇宙人製アンドロイドのようなものに変化するなんてありえない。
 朝比奈さんだってそうだ。ここでは彼女はこの時代の人間だ。この時代の人間が突然未来人になるなんて不可能を通り越して論理的矛盾だ。 
 いくら突飛な非常識に耐性のある俺でもそれは無理だってわかるぞ。
 だから同じではないんだ。
 ハルヒの能力だって元の世界のハルヒと同じとは限らない。
 だが、そんなスットコドッコイで唐変木な事態も単なる序章に過ぎなかったことを思い知らされるのはそんなに先のことではなかった。