昼飯を済ませ、午後は部室で今後の超SOS団の活動についてのディスカッションだそうだ。
 飯を食って落ち着いたからなのか、閉鎖空間を古泉達が『処理』したからか、ハルヒの機嫌は戻っていた。絶好調って程じゃないがな。
 で、やりたい事を挙げろっていう団長様のお達しなんだが、はっきり言って俺はどうでも良かった。朝比奈さんも長門も困惑するばかりで意見なんて出ない。古泉はなにやら真面目に考えてるっぽくみえるが、何を考えてか判ったもんじゃねえし。
「ちょっと、ジョン、あんた何かないの?」
「俺か?」
 と、ハルヒが俺を指名した所で、古泉は俺にアイコンタクトするんじゃねえ。気色悪い。
 だが、その意図するところが判っちまう俺もどうかしてる。つうか別におまえにアイコンタクトされなくても判ってたさ。
「んじゃ、言うぞ」
 書記に抜擢された朝比奈さんがホワイトボードマーカーを握り締めて身構えた。そんな緊張しなくてもゆっくり言いますから安心してくださいね。
 というわけで俺は季節毎に野球大会、ハイキング、海、市民プール、バンド、映画撮影など思いつく限りを挙げてやった。
 最初感心していたハルヒだが、朝比奈さんの可愛らしい文字がボードを埋め尽くした頃になって、何か閃いたようにして言った。
「ジョン、それってもしかして、あんたがいう『元の世界』のあたしがやってたこと?」
「ん? その通りだ。よく判ったな」
 別に隠すことでもあるまい。
「道理ですらすらと沢山出てくるわけね」
 と、文句をいいつつもハルヒはボードに書かれた文字を眺めて言った。
「ふうん、流石あたしだわ、いいとこ突いてる。でも却下よ! 却下!」
 なにヘソ曲げているんだ。
「そんなの何処の高校生でもやっていることじゃない。超SOS団でやるのはそんな普通の事じゃダメなのよ!」
 だが、ハルヒの顔は思い切りやりたそうなオーラが全開だった。
「別にかまわんが、なあハルヒ」
「なによ」
「俺の言うことは嘘なんじゃなかったのか?」
「べ、別に、信じるわけ無いじゃない! ただ、あんたにしてはマシな意見だったから聞いてやっただけよ!」
 へいへい、そうですか。
「はぁ、なんかこう、ワクワクするようなイベントは無いのかしら?」
 ハルヒは肘を突いて片手で顎を支えて横を向き、また口をアヒルみたいに突きだした。
 前の世界でもよくしてたポーズだが、こいつは髪が長いので肩からこぼれた髪が机に垂れている。
「孤島で謎の密室殺人事件とか、雪山で遭難とかはどうだ?」
「なによそれ?」
 やはり興味はあるようだ。口を尖らせてはいるが、目はもの欲しそうに津々と輝いている。
「いや、気にしないでくれ。言ってみただけだ」
 残念ながらこちらは古泉の『組織』とかいうののバックアップが無いわけだから無理だろう。
 と思ったんだが、古泉が手を挙げて発言した。
「ああ、それなら」
「なんだ? 古泉」
「殺人事件や遭難はわかりませんが、心当たりならありますよ」
「心当たりってなんだ?」
「いえ、僕の遠い親戚の人がある島に別荘を持っていまして、その方が島の所有者というわけではありませんが、もともと無人島で孤島気分なら十分味わえるような所らしいですよ」
「それを俺たちが使えるのか?」
「そうですね。まあ今の季節は無理ですが、シーズンには招待していただけるよう話をしておきましょうか? まだ何も無くて退屈な所なので、お客さんは大歓迎らしいですから」
「何時よシーズンって?」
「7月か8月でしょうね。夏休みです」
「ずいぶん先ね。まあいいわ。それキープね」
「それから雪山ですが、スキー場経営している方にコネがありましてもしかしたら安く泊まれるかもしれません」
「それ! タイムリーだわ! 何で早く言わないのよ!」
「いえ、こちらはあまり近しい人というわけではないので」
「そっちを進めておいて、上手くいったら副団長にしてあげるわ!」
「了解です」
 なんだあ? まるで用意してたみたいに。
 怪しい。
 あの『組織』とやらより規模は小さいが、十分怪しいぞ。


「あなたの話を参考にさせていただきました」
 ミーティングが一段落してから俺は古泉を連れ出してどういうことなのか問いただした。
「俺のどういう話だ?」
「涼宮さんの精神を安定させる方法ですよ」
「ああ、退屈させてはいけないってやつか?」
 ハルヒは退屈するとストレスが溜まって、とんでもない事を考え出したりするが、そのとんでもないことが世界を危機に陥れたりするのだ。
「ええ、仲間の中に結構な資産家の方がいまして、別荘や宿泊の話はその方に協力してもらうつもりです。まあ僕に出来ることといったら、そのくらいなんですが」
 そのくらいなんていうが、十分凄いじゃねえか。
 俺には逆立ちしたって出来そうにねえ。
「あなたのおかげなんですよ? 僕がこうして協力を得られるのは」
「俺の?」
「あなたの元の世界の知識があればこそです」
 ああ、なるほど。リーダー格に祭り上げられているって話だ。
 ということはここではこいつが中心になって『組織』とやらを作っていくことになるのか?
「それは判りませんが、あなたには僕なんかよりはるかに重要な役割があるでしょう?」
 なんだか聞きたく無い話になってきたぞ。
 なんだ役割ってのは?
「あなたの一挙手一投足が彼女の感情を左右しているんですよ。あなたが彼女を怒らせてしまったら僕にはどうにもできません」
 それは初耳だ。
 俺が何をした? つうか三年前のアレしか考えられないんだが。
 その後「僕には不本意ではあるんですけどね」と付け加えた古泉はそういや、ハルヒと付き合ってることになってた筈だが、その辺はどうなっているんだ?
「その件については彼女とは何も話をしてませんが、事実上自然消滅してますよ。彼女は超SOS団の活動をするのが楽しくてそれ所じゃありませんから」
 まあ、俺にもそう見える。だが、
「おまえはそれで良いのか?」
「ええ、あなたが涼宮さんの前に現れてから彼女は変わりました。それもいい方向に。先日のクリスマスの時だって、彼女は怒っていましたがとても張合いのある怒り方でしたよ。まあ良いことではありませんが、以前の彼女からは考えられないことです」
 確かに、あそこまで怒ったのは元の世界でも見たことなかったが、そうなのか?
「ええ、だから翌日になってあなたを許したじゃないですか。あれは彼女のストレス発散になっていたんですよ。それも今まで鬱積していたかなりの部分を。ただ、それで困った物まで発散させてしまったようですけどね」
 古泉はそう言って皮肉っぽく微笑んだ。
 その『困った物』が最大の問題なんじゃねえのか?
「彼女が力を持ったまま、あなたに会う前の状態に戻るなんてちょっと考えたくありませんから」
 それはまたどうしてだ?
「今の僕には涼宮さんの感情がどのような閉鎖空間を生み出すのかが判るんですよ。以前の鬱積した彼女の感情があれを生み出したとしたら、今いる仲間だけでは拡大を阻止することすら出来ないかもしれません」
 そりゃ世界が大変だ。
 あれは放っておくと世界が入れ替わっちまうんだったな。
「わ、判ったよ。心しておく」
「ええ、そうしてくれると助かります。僕に気兼ねする必要はありませんよ。能力を抜きにしても仏頂面の彼女と個人的に付き合うより、今の生き生きとした彼女と団体の仲間でいる方が千倍も楽しいですから」
 そう言って古泉は爽やかに笑った。
 いい笑顔だ。
 気兼ねしなきゃならないような事をあえてするつもりはないが、その言葉は信用しよう。


 だた、この時もっと深く考えていたら一つの答えにもう少し早く到達できていたかもしれなかった。
 俺はそんなことを考えるほど思慮深くなかったし、何よりも世界は俺の思考なんて及びもつかないほどややこしい事態になりつつあったのだ。