そして、一時間も掛からずメンバーは揃った。いや揃ってしまった。
 まず朝比奈さんの連絡から十分もしないうちに鶴屋さんが部室に顔を見せた。相変わらず賑やかな人だが、校門まで車で来たのだろうか?
 そして俺が連絡した谷口だが、外出してたらしいが、予定しているメンバーを伝えたら一も二も無く駆けつけてきやがった。ハルヒの名前を出したら驚いていたが。家に居た国木田も「そんなことをやってたんだ」と感心しつつも参加を快く承諾した。結局二人とも暇だったんだな。
 朝倉は俺にトンデモ話をしに学校に来るくらいだから即来るかと思ったが、意外と来るのが遅く、ハルヒが連絡して三十分位してから現れた。
 ついでに前の野球大会の事が頭にあって妹を呼んでしまったのだが、今回は朝倉が居るから呼ぶ必要は無いことに気付いたのは、家に電話をかけて妹に話をした後だった。
 実はその前に一人で学校まで来させるのも問題があると気づいていたのだが、その時既に遅く、来る気満々の妹は一人で来れると頑なに主張し、俺が朝倉の事を思い出してやっぱり来なくて良いというのも聞かずに俺が通学している道のりを一人でやってきてしまった。
「いいのよ、可愛いじゃない。あんたの妹はマスコットよ。球団には必要な要素だわ」
 前の世界では確実に負けるための秘密兵器として妹を連れてきてハルヒに噛み付かれたが、今回妹は単なるベンチの飾りってことになった。
 かくして、ハルヒの強引な試合申し込みによって、急ごしらえ超SOS団ナイン+マスコットVS北高野球部の試合の幕が切って落とされた。
 道具一式はこれまた野球部から強制徴用した。いきなり現れて、道具一式貸せ、グランドを賭けて試合をしろだなんて失礼にも程があるんだか、男女比4:5でしかも美少女ぞろいのメンバーに目が眩んだのか、大した問答も無く試合をすることに決まってしまった。
 ちなみに相手は腐っても野球部。「そんなに有名じゃない」とは言ったが、素人集団に負けるような奴らじゃない。


 経過は普通に「良い勝負」だったと言っておく。
 その腐っても野球部なのだが、どうやらレギュラーメンバーが練習試合で不在らしく、一年生を中心とした居残りチームとの対戦だった。というか試合くらい連れて行ってやれよ。そうすれば俺がこんな無駄な労力を消費せずに済んだものを。
 試合は超SOS団チームの先攻で、一番バッターは当然のようにハルヒだった。
 くじ引きで決めた打順は、ハルヒに続いて、朝比奈さん、長門、俺、古泉、朝倉、鶴屋さん、谷口、国木田の順で、やはり何処か意図を感じる順になっていた。古泉に言わせると『ハルヒがそう望んだから』ってことだろうが……。
「野球部なんていっても大したこと無いわよっ! あたしに続きなさい!」
 試合開始一球目でいきなり長打を決めたハルヒは二塁を踏んで叫んでいた。ここまでは前と同じだ。
 そして二番バッター朝比奈さんに対して、我が校野球部のピッチャーは朝比奈さんを知っているのか、打たせるためというより、まかり間違って当たって怪我をしないようにであろう、山なりのスローボールを放った。その配慮は敵ながら褒めるに値すると言えよう。
 後から聞いた話だが、野球部には朝比奈さんのファンが結構居るらしい。どおりで試合を申し込んだ時の連中の目の色が違っていた訳だ。
 で、やはりというか、朝比奈さんの振るバットは全然タイミングが合わず、空振りの三振で終わった。
 ところで、ハルヒの次の打席で毎回ピッチャーがスローボールを投げるお陰で、次回以降、塁に出たハルヒは毎回スチールを決める事になるが、その辺は省略するのでここで言っておく。
 次、三番は長門。
 前の世界の長門は全くやる気なさげだったが、こっちの長門は違うようだ。
「有希! 絶対打ちなさいよ!」
 ハルヒが怒鳴っているがさてさて。
 ちっこい長門に対して、ストライクゾーンが狭くて投げにくいのか、未来の野球部エース(なのか?)の放つ球は三球連続ボールで、長門はほとんど突っ立ったまま手を出さなかった。が、四球目のストライクを見逃した後、ハルヒが「とにかくバットを振れ」と怒鳴ったので、長門は身を屈めてバットを構え、結果、唯でさえ狭かったストライクゾーンが更に狭くなったせいか結局ファアボールで一塁へ。
 で、4番の俺の出番なわけだが。
 ピッチャー振りかぶって一球目。ズバンとほぼ直球がミットに飛び込んだ。
 ってか、速いじゃねえか。
 さては女だからって手加減してたな?
 結局、俺は見事な空振り三振。
「こらジョン! あんたやる気あんのか! 今度打てなかったら罰金だからね!」
 ハルヒが無駄に声を張り上げるのはともかくとして、この後、古泉がピッチャーフライを打ち上げて、一回表の攻撃は終わった。
「いやあ、やはり日々練習している方の球は簡単には打てませんね」
 などと、古泉が顔に微笑みを貼り付けて言っていた。
 残塁となってハルヒはかなり機嫌が悪そうだが、まあ前回の例からしてまだ閉鎖空間を創りだす程ではないだろう。
 しかし、出来る対策は早めにしておいた方が良いことは言うまでも無い。
 俺は自分の守備ポジションに行く前にハルヒを捕まえて言った。
「なあ、ハルヒ」
「なによ」
「一応、言っておくが、おまえの球、あまり長く通用しないぞ」
「なんでそんなこと判るのよ?」
「おまえど真ん中直球しか投げないだろ?」
 俺がそう言うとハルヒは不満そうに口を尖らせて、
「……まだ投げてないわよ」
「まあ、いい。今回くらいは抑えられるかもしれんが、覚えておけよ」
 主審とバッターが早くしろと言う顔でこちらを睨んでいるので、俺は自分の守備位置に走った。
 やはりというか、ハルヒは直球ストレートしか投げず、それでも敵にはあの球威が意外だったのか、二人まで三振に押さえたものの、流石に三人目にはネタバレして、二球見逃しの後、ヒットを飛ばされた。
 結局、次の四番の長打を朝倉が弾丸のように返し、進塁を許さずスリーアウトで交代となった。
 そして、二回表、朝倉から始まる打順だが。
「あっ」
 と、最初に声を上げたのは敵のピッチャーだっただろうか?
 キンといい音が響き、朝倉の打球は外野手の頭上を超えた。一応校庭内に転がったものの、まともな野球場なら外野フェンスを超えるような大当たりだった。うちのグランドはいびつで野球場を取るとセンター方向が異様に長くなるのだ。
 当然ハルヒは大喜びだ。
 結局打球はグランドの反対の端まで転がり、朝倉は余裕で一周してホームベースを踏んだ。
 俺は、ベンチ(実はベンチなんて無く、並んで地べたに座ってるだけだが)に戻ってきた朝倉に後ろから近づいてハルヒには聞こえないように小声で聞いた。
「おい、朝倉」
「ん? なにかしら?」
 バンダナで髪を後ろに纏めた朝倉は微笑みつつ振り返った。
「……まさかインチキはしてないだろうな?」
「インチキ? なによそれ?」
「いや、属性変更とか、情報をアレするとか、おまえ等の得意なやつだよ」
「情報? ああ、なんだ」
 最初『判らない』という顔をしていた朝倉だが、小声でこう返してきた。
「有機生命体として設定された能力以上のものは使ってないわよ」
「そうなのか?」
 その割にはいきなりでかいの打ったじゃないか。
「だって、『まだ』必要な場面じゃないでしょ? それとも何かして欲しいの?」
 そう答えて朝倉は意味ありげに微笑んだ。
「い、いや、止めてくれ。必要になったら頼むかもしれないが、今はいらん」
 どうやら本当らしい。まあ、元々運動能力が高く設定してあるようだからその範囲内でやっているってことだろう。
 俺は話を打ち切って、最初に座っていた場所に戻った。ハルヒに気付かれる前に朝倉から離れないと無用に刺激してしまうからな。
 あのクリスマスの一件からその話は一切していないが、ハルヒは俺が朝倉と結託して嘘を付いたと思っている節がある。自分から朝倉を呼んだって事は多分『無かったこと』にしたつもりだと思うが、無用に刺激してそれがぶり返したら厄介だ。
 そんなことを考えているうちに次のバッターの鶴屋さんに対して敵ピッチャーが一球目。
 一点先取されて、不味いと思ったのか、相手ピッチャーは手加減なしの球を放ったようだが、こっちの世界の鶴屋さんも運動神経は半端じゃなかった。
 キンといい音がした後、ボールは校庭を囲うフェンスを叩いてファールグランドに転がったのだ。
 ハルヒが「惜しい!」とか叫んでいる。
 なんというかまあ、我がチームの実力のバラつき具合は極端だな。
 でも、元の世界でやった野球大会と違い、平均すれば相手との戦力差はそんなに無いように思える。まだ敵さんがこちらの戦力を把握したらどうなるか判らんが、とりあえず先に点を取ったことだし、ハルヒがヘソ曲げて閉鎖空間を作るまでには至らないだろう。いや、そうあってほしいものだ。
 その後、鶴屋さんは打球をショート前に転がし、俊足で一塁セーフ。
 続く谷口、国木田、と凡打に討ち取られ、その間に鶴屋さんは自力で二塁まで進塁。そして打順は一回りしてまたハルヒだ。
 今度は警戒してか、敵さんのピッチャーは鶴屋さんの時以上に本気で投げてきた。
 だが、ハルヒには通用しなかった。というかハルヒの打球はネットを越え、隣のテニスコートに突き刺さった。場外だ。
 で、鶴屋さんと共に二点目と三点目。
 そして、朝比奈さんが三振してあっさり交代。
 それでも、三点先取してハルヒの機嫌は絶好調だ。
 次は二回の裏。
 案の定というか、ハルヒは相変わらずど真ん中しか投げないもんだから、ヒットが連続し、鶴屋さんと朝倉、あと一応古泉もだが、それ以外のメンバーに球が行くとどうしても送球がもたついて、結局逆転を許してしまった。
 それでも一点差までで守りきって攻守交替。そのタイミングでハルヒがタイムをかけて作戦会議となった。
「悔しいけどあんたの言う事は一理あるわ」
 もちろんハルヒの投球のことだ。
 あるいは、俺が言ったのは元の世界のハルヒの事だったと気付いたのかもしれない。
 ハルヒはこう言った。
「誰かピッチャーできる人いない? あと二人は欲しいわね」
「何をするつもりだ?」
「三回ずつってことで次回はあたしが投げるわ。それで、四回目からピッチャー交代よ」
「じゃあ私が」
 手を上げたのは朝倉だった。
 まあ朝倉なら、その気になれば全員三振を討ち取る事だって簡単だろう。
「涼子ちゃんね。良いわ。じゃああとは……」
 俺は鶴屋さんになると思っていた。
 この中で実力が突出しているのはその三人だからだ。
 だが、ハルヒはこう言いやがった。
「じゃあ、ジョン、あんた最後投げなさい」
「はぁ?」
「団長命令よ、拒否権はないから」
「あのなあ、俺の実力判ってるだろ? 負けても知らんぞ?」
「負けは許さないわ。本気でやりなさい!」
 ハルヒは何を考えてるんだか。結局その後、俺の登板までに出来るだけ点差をつけておかなければ負けが確定してしまうって事で、国木田や谷口までやる気を出して頑張っていた。
 果たしてハルヒの狙いはそこにあったのかどうかは判らないが、その後は無失点で、まあそれなりに『いい勝負』の末、結局5対4、一点リードで7回裏を迎えることになった。
 ちなみにハルヒの作戦は一応功を奏していて、ハルヒの球に慣れた頃、アンダースローでそこそこの制球力を見せる朝倉に替わって確かに敵は打ちにくそうだった。
 ここまではハルヒの機嫌が必要以上に傾くことも無く、まあ、無失点の上、逆転までしたんだから当然だが、古泉の携帯も鳴ることは無かった。
 だが、何を考えてんだか、わざわざハルヒが招いたピンチはこれからだ。いや、俺も自分の登板を『ピンチ』と呼びたくねえんだが、事実だから仕方がない。
 さて、最初に言うのを忘れていたが、実は今回は七回までで延長なし、10点先取コールドって約束だった。
 つまり笑っても泣いてもこの回で終わり。守りきれば勝ち、2点取られた時点でサヨナラ負けってわけだ。
 続けて朝倉に投げさせれば、このまま逃げ切り勝ち越しはほぼ間違いないというのに、何を考えてハルヒは俺を登板させたのかサッパリだった。
 だがここで下手に逆らってハルヒにへそを曲げられるのも不味いし、また、敵さんが『外野の穴』たる朝比奈さんへの打球を控えてくれる事もあって守備陣が比較的頑強であるので、一回くらいなら何とかなるだろうと、俺はマウンドに望んだ。
 経過は足早に解説させていただく。
 まず、押し出しで逆転サヨナラになってしまっては話にならないので、急遽、朝倉による即興投球ガイダンスが行われた。正直、的を射た朝倉のアドバイスはありがたかった。なにしろガキの頃の草野球経験を除けば元の世界でインチキピッチャー(長門の呪文付き)しかやったことの無い俺が、曲がりなりにもボールをマウンドからキャッチャーミットに投げ込めるようになったのだから。流石万能宇宙人製端末と言ったところか。
 それでも結局、俺には投球センスなんてものは寸分もないから殆ど守備に守られてなんとかツーアウトを取ったものの、フォアボール1、ヒット2で満塁。続くバッターは4番打者という絵に描いたようなピンチになった。
 どうにもならんが、ハルヒが「諦めたら死刑」なんてぬかすもんだから、必死で投げたさ。
 人間死ぬ気で頑張れば何とかなるなんて何処かで聞いた話だが、ガキの頃遊んだ以外全く野球なんてしてこなかった俺の投げる球がどういうわけか四番バッターにも割と通用した。
 だが敵もボールを良く見てきて粘る粘る。とうとうツーストライク、スリーボールに。
 ところがここへ来て4番バッターの面目を保ったといったところか、結構全力で投げた球が運悪くど真ん中に決まり、そいつはそれをライト方向に敷地外まで飛ばしやがった。つまりサヨナラ逆転を敵にプレゼントしちまったわけだ。
 いい勝負だっただけに、悔しさもひときわ俺は頭に乗っていた部室の備品の野球帽をマウンドに投げつけた。
 あんなものを敵にプレゼントした俺にどんな罰が待っているやら。それにハルヒの精神状態も心配だった。
 だが、そんなことを考えていたら、マウンドにすっ飛んできたハルヒが俺の肩を思い切りバシバシ叩きやがった。
「ドンマイドンマイ! あんたにしては上出来だったわよ」
「ああ?」
 なんだ? 怒らないのか?
 ハルヒの表情はどういう訳か笑顔だった。
「お疲れさんっ、青春だったよねぇ! お姉さんみなおしちったよっ!」
「キョン、ドンマイだ」
 そしてマウンドに集まったみんなに背中を叩きまくられて、試合は終了。
 野球部の連中も、練習中に突然乱入されたにも関わらずいやに良い顔してやがった。
 まあ、ああいう勝ち方が出来れば野球部の連中も満足だろうよ。結果的に遺恨を残さずに済んで良かったがな。
 帰り際に多分同学年の奴が「相手になってやるからまたいつでも来い」とか言ってきやがった。谷口が「今度は負けねからな。首を洗って待ってろ」なんって言い返していたが、顔見知りか? つうかまたやる気なのか?
 試合終了の挨拶をしてグランドから引き上げる途中で俺は横を歩くハルヒに話し掛けた。
「あれでよかったのか?」
「なによ?」
「いや、負けちまったのにさ」
 そう言うと、ハルヒは俺の方を向き、じっと覗き込むように俺の顔を見つめた。
 そしてぷいと前を向いて言った。
「そーよ、あんたのせいで負けたんだからね!」
 いや、無理矢理登板させたのはハルヒだろう。
 だがハルヒの顔は全然怒っていないどころは不満のふの字も無かった。
 わからん。
 俺がそんな疑問を視線に込めて横顔を眺めていたら、またハルヒが振り返って言った。
「なによ。あんた勝ちたかったの?」
「そりゃ、勝たなきゃ……」
 そのとき俺は「お前が不機嫌になるだろ」という言葉を続けようとしたが、それが何か答えとして不釣合いは気がして言うのを止めた。
 多分、ハルヒが聞きたいのはそんな言葉じゃない。何故かそう思ったんだ。
「勝たなきゃなに?」
「いや、登板したからには勝ちたかったさ」
 あのまま守りきれれば勝てたのだ。俺に実力じゃ無理だったみたいだがな。
「悔しかった?」
 何でそんなことを聞くんだ。まあいい。乗ってやるさ。
「ああ、はらわたが煮え繰り返るほどな」
「ふうん」
 どういう訳か俺の答えに満足したようにハルヒは前を向いて歩みを速めた。
 まあハルヒが満足なんなら別に良いか。
 だが俺には、負けたのに何故ハルヒが不満たらたらで口をペリカンにしないのか? という謎が残った。