もはやマリみてでない散々な一日 No.115 [メール] [HomePage]
作者:まつのめ
投稿日:2007-07-07 16:15:21
(萌:0
笑:1
感:3) 更新日:2007-07-10 12:55:44
【Ga:2315】→【Ga:2320】→【Cb:114】→ 誰でも楽しめる代物でないので、さっさと終わらせます。いや、終わらせたい。 (また長い、パロディとのクロス?、混ぜるな危険、マリみてキャラでやる必然性が……)
2−4 『乃梨子の散々な一日』
ところで、乃梨子と志摩子さんでデートといえば仏像と教会づくしだと思われがちだが、今日みたいに帰りにアイスを買って食べたり、二人で洋服を見に行ったりと普通の女子高生がするようなことだって当然するのだ。 もっとも、去年の今頃は、志摩子さんと会う口実が仏像を見たり教会に行ったりしかなかったからそう思われても仕方がなかったのだけど、それに関しては由乃さまや祐巳さまが志摩子さんに忠告してくれたみたいで、今年の夏休みは、そういった普通の外出、――つまり『会いたい』というだけの理由での外出――もしたいと志摩子さんの方から言ってきたのだ。 もちろん乃梨子も仏像好きとはいえ、普通の女子高生がしているようなことも当然楽しいと感じる感性は持ち合わせている。志摩子さんの申し出を喜んで承諾したことは言うまでも無い。
そんな、志摩子さんに忠告してくれた片割れの由乃さまだけど。 「あら」 「由乃さまと菜々ちゃん?」 「ごきげんよう。また会ったわね」 「ごきげんよう、白薔薇さま、乃梨子さま」 これは予想できたことなのだけど、黄薔薇姉妹と鉢合わせてしまった。 気がつかなかったのだけど、同じ店内に居たらしく、店を出ようとしたところで丁度鉢合わせたのだ。 由乃さまは言った。 「ねえ、いっそのことダブルデートにしない?」 「私は構わないけれど、乃梨子はどう?」 「え、ええと……」 考えによっちゃ『渡りに船』だ。乃梨子はこう言った。 「問題ありません。いえ、ぜひそうしてください」 「あれ、珍しいわね。いつもなら嫌がるのに」 「そうでしたか?」 いつもなら確かにそう。いつもなら。 でも今日に限っては事情が違う。見慣れたメンバーが増えると心が安らぐというか、乃梨子の精神安定の為にも、この二人には居て欲しかった。 二人きりだとまた志摩子さんが妙なことを言い出しそうで気が休まらないのだ。 そうと決まって早速由乃さまは言った。 「で、この後はどうするつもりだったの? 私と菜々は特に決めてなかったんだけど」 「水着を見に行こうと思っていたのよ」 「水着?」 「ええ」 「海とか行くの?」 「まだちゃんと予定を立てたわけではないのだけど、乃梨子も私も今年は何処にも行っていないから」 「っていうか受験勉強は? 随分余裕あるのね」 由乃さまはこの夏はしっかり受験生をしている。何処を受験するのかは聞いていないが、外部の大学も受けるらしい。 っていうか、この話題はダウトだ。また“あの話”になりかねない。 なんて思っていると。 「ええ。でも最後の夏休みにになるかもしれないし。進路の方は“あそこ”も選択肢に入れているのよ」 「ああ、“あそこ”ね?」 「由乃さんも誘われたのでしょう?」 「まあ、面白そうではあるけど、今からそれ一本ってのはちょっとね。大学出てからでも良いらしいし」 「あ、あのう……」 そこで乃梨子が口を挟んだ。『ごっつう嫌な予感』はするものの、話がいまいち見えてなかったから。 「なあに?」 「よ、由乃さま。何の話をしてらっしゃりますか?」 「乃梨子ちゃん日本語が曲がっていてよ?」 どんなだよ。ていうか心の動揺が出てしまったようだ。 「す、すみません」 「あら乃梨子、さっきの話よ。時空管理局の……」 (やっぱりそれかーー) っていうか由乃さま、あなたもですか。 「も、もういいっす。私はまだ来年の話だし」 「あら、でも早い人は中学卒業くらいからでも……」 「いやいやいや、私はいいっす。普通に外部受験しますから」 それは入学当初から決めていたこと。まあ志摩子さんの進路如何で多少考えはするつもりだったのだけど……。 「そう……」 志摩子さんはちょっと残念そうな顔をした。でも、自分から“非日常”に飛び込むマネだけはしたくない。 このときはそう願っていた。 そう、このときはまだ……。
一行はアイスクリーム屋の前の通りから、水着が売ってる店に向かった。 由乃さまが志摩子さんと話をしているので乃梨子はその後ろで菜々ちゃんと並んで歩いていた。 というか、由乃さまがさっきの話込みで進路の相談を始めてしまったので、逃げて来たと言った方が正しいのだけど。 「ね、ねえ、菜々ちゃん」 「なんでしょう?」 乃梨子は前方で飛び交う聞きなれない単語を聞かないようにしながら、勤めて普通に話題を振った。 「菜々ちゃんはもう由乃さまと何処かへ行ったの?」 「ええ、行きましたよ」 「へえ。何処? 海? それとも山かな?」 「どちらもです。プールにも行きました」 「いいなぁ。……でも由乃さま受験じゃないの? そんなに遊びまわってて大丈夫なのかな?」 「お姉さまは私と一緒の夏休みが一回しかないから、受験勉強もするし遊びにも行くって頑張ってるんですよ」 「そうなんだ……」 流石、由乃さまらしいというか、ポジティブさにも磨きがかかっているようだ。 (というか、これよ。これ!) 乃梨子はこんな普通の会話を望んでいたのだ。 そんな『ありがたき日常』をかみしめながら、ふと前を見ると、志摩子さんたちとすこし離れてしまっていた。 乃梨子は歩道の道路側を歩いていたのだけど、間隔を五、六メートル程あけて正面に由乃さま。その右隣に志摩子さんの後姿が見えた。 「ちょっと急ごうか。置いてかれちゃいそう」 「……そうですね」
丁度その時、乃梨子の左側に停車していたワゴン車のドアが開くのを視界の端に捉えていた。 何かのお店に搬入の車が停まって荷物を下ろすような、本当に何気ない風景だった。
だから、突然、菜々ちゃんが後ろに回って、乃梨子にしがみついて来ても、何が起きたのか理解できなかった。 理解できないまま、引きずられるように車道側に引っぱられて、同時に何者かに背中を押され、気がついたらワゴン車の中に引き込まれていた。
いや、後から状況を見て思うに、まず菜々ちゃんが背後から手を掴まれて引き込まれそうになって、慌てた菜々ちゃんは乃梨子にしがみつき、次の瞬間、車の外にいたもう一人に、乃梨子もろとも車に押し込まれたってことらしい。 気がつくと乃梨子はしがみつく菜々ちゃんを膝に乗せて、ワゴン車の後部座席で男二人に挟まれていた。 はっきり言って乃梨子の心情は「なにこれ?」だった。 車は既に発進して、結構なスピードで走っていた。 少しして、ようやく思考が働き出し『これは異常事態だ』と認識した頃、菜々ちゃんが耳元で囁いた。 (おそらく誘拐です) (えーー!?) 菜々ちゃんの言葉で状況のヤバさを理解した。 乃梨子は菜々ちゃんと一緒に誘拐されたのだ。しかも白昼堂々と。 (プロだとおもいます。反撃する隙がなかった) (ぷ、プロってなによ!?) 菜々ちゃんがああ言うのは、護身術の心得があったからであろう。 「何をぶつぶつ言っている」 前の助手席の男が野太い声で言った。 「……」 「……」 乃梨子達は口を閉ざして神妙に男達の様子を伺った。 「眠らせますか?」 「いや、薬物はまずい。“そのまま”連れて来いという命令だ」 車はそんなに距離を走らず、路地を曲がり、すぐに停車した。 「降りろ」 「ひっ!」 男は銃を持っていた。 乃梨子は拳銃のことなんて判らないのだけど、昨日、相良宗子が持っていたのとも違う形をしている事だけは判った。 「乃梨子さま」 名前だけ呼んで視線を合わせる菜々ちゃん。 「う、うん」 ここは大人しく言うことを聞きましょう、というサインだ。 そこは見通しの利かない狭い路地だった。 車の進行方向は何かが道を塞いでいるのだけど、どうやらそれは大型トラックらしく、荷台のコンテナの側面が見えていた。 それを見た乃梨子は、それはもう本日最大級の『嫌な予感』を感じていた。 案の定というか、乃梨子達は手足を縛られそのコンテナの中に押し込まれたのだ。 もちろん抵抗しようとした。 でも、後ろから銃を突きつけられて何も出来なかった。
その後は、真っ暗でしかも暑苦しいコンテナの中で縛られたまま耐えるしかなかったのだけど、口までは塞がれず、そばに菜々ちゃんがいて会話できたのは幸いといえた。もし一人きりだったら、暑さと恐怖で精神にも変調をきたしていたに違いない。 菜々ちゃんは、乃梨子は巻き込まれただけでターゲットは菜々の方だろうと言った。 確かに営利誘拐だとしても中流家庭の二条家の支払能力では誘拐のリスクと比べて割に合わないだろう。でも菜々ちゃんの家はどうなんだろう? それを聞くと、確かに一般家庭と比べれば資産はあるだろうけど、事はそんなに単純じゃなさそうとのこと。 その理由として、菜々ちゃんは、誘拐の手際が良すぎて、明らかに何らかの訓練を受けた人間だってことや、彼らが明らかに日本人でないこと、菜々ちゃんの基準は判らないけれど“見慣れない”外国製の銃を持っていたこと等を挙げた。 こんな目にあっても冷静でちゃんと相手を観察している菜々ちゃんは大したものだと思うのだけど、ではこの状況を何とかする手立てはあるのかといったら、助けを待つ以外なにも出来ないというのが実際のところだった。
真っ暗で時間の感覚も判らなかった。 一時間くらいだろうか? じりじりと暑苦しさに耐えていたし、時々意識が途絶えてたみたいだからもっと経ってるのかもしれない。やがて車は停止して静かになった。 「……つ、着いたのかしら?」 「何処でしょうね?」 「何処でも良いけど、早くここから出して欲しいわ」 涼しい部屋でくつろぎたい。冷たい飲み物が欲しい。それから前に汗でべたべたして気持ちが悪いからシャワーを浴びたい。 でも誘拐されたんじゃそんな贅沢は許されないんだろうな、なんて妙に冷静に考えていた。 菜々ちゃんは言った。 「もしかして、このまま外国に出荷されたりして」 「不吉なこと言わないでよ」 「でも判りませんよ。女の子を外国に売り飛ばすような話はよく聞きますし」 その可能性を「まさか」と否定できなくて乃梨子は黙り込んだ。 ただ、菜々ちゃんはそう確信しているわけじゃなさそうで、しきりにさっきの誘拐犯の行動を「それにしてはおかしい」と不審がっていた。 いずれにしても、なんかしらの動きがあるだろうと思って待っていたのだけど、更に一時間くらいしても車が再び動き出すことも、コンテナの扉が開くことも無かった。
これからどうなってしまうのだろうという不安もあったし、何をされるかわからないという恐怖もあった。 その緊張感もいつしか途切れて、いい加減、変化を期待するのにも飽き、うつらうつらし出した頃。 突然、何者かがガチャガチャと扉を操作する音が聞こえてきた。 乃梨子は不安と恐怖と期待の入り混じった気持ちでその扉が開くのを待った。 そして、まぶしい外の光が視界を覆い、その向こうから声が聞こえた。 「すまない。来るのが遅れた」 「あ、あなたは……」 乃梨子は聞き覚えのある声に安堵した。 「……場所を特定するのに手間取った。怪我は無いか?」 コンテナの扉から姿を見せたのは、相変わらずの暑苦しい格好をした相良宗子だった。 素早くコンテナに上がった宗子は、大きなナイフを出して、手足を縛った縄を切ってくれた。 乃梨子は縛られて血行が悪くなっていた手をぶらぶら振りながら言った。 「暑いし、汗かくし最悪よ。っていうか何であなたが居るわけ?」 「どうやら元気なようだな」 「どうなってるのよ? 誘拐犯は? あなたが助けてくれたの?」 「もう大丈夫だ。実行グループは制圧した」 「実行グループって?」 「狙われたのはキミではない。有馬菜々だ」 振り返ると菜々ちゃんがきょとんとした顔で自分を指差していた。 「それで?」 「それ以上のことは話せない」 「なんでよ?」 「キミには聞く資格が無い」 「はぁ? 資格って?」 「これからキミ達を家に送り届ける。歩けるか?」 宗子は一方的に話を打ち切ってしまった。 「ちょっと!」 そう言って乃梨子が立ち上がった。暑さでばて気味だが、眩暈はしない。 しっかりと立った乃梨子を見て問題ないと判断したのか宗子は、 「早くしろ!」 そう言って先にコンテナから飛び降りてしまった。 外を見るとそこは高速道路のパーキングエリアのようだった。 最初、扉が開いたときは眩しく感じたが、日はもうすっかり傾いて、駐車場には西日が差していた。 「乃梨子さま、行きますよ」 横を見ると菜々ちゃんも飛び降りようとしているところだった。 「あっ!」 危ないと思い、思わず声を上げたが、菜々ちゃんは難なく着地した。 「さっ、乃梨子さま」 「う、うん」 実はこのコンテナ、結構高さがあって飛び降りるのは怖かったりする。 「大丈夫だ。私が受け止める」 そう言って宗子が手を開いて真下に立っていた。 乃梨子は下を見て一瞬躊躇したが、 (……まあいいか) と、思い切って飛び降りた。 上手く着地する自信もあったのだけど、結局、彼女に抱きとめられた。 体格はあまり乃梨子と変わらないように見える宗子だけど、意外と力があって、抱きつくとがっしりとしていた。
「ちょっと、どうなってるのよ!」 乃梨子は駐車場の中を歩きながら、早足で先を歩く宗子に説明を要求した。 彼女は返事をしなかった。 「何で黙ってるの? もしかしてあの誘拐犯、あなたと同類?」 「戦争のプロという意味では肯定だ。だが私はキミの味方。連中は敵だ」 「どういうこと? あの誘拐犯はアンタの仲間で、一緒に戦争ごっこでもしてたんじゃないの?」 「ごっこではない。これは戦争だ」 「戦争って……」 「利害の対立する複数の敵が居ると聞いている。用心の為、急いでここを離れる」 「ちょっと」 菜々ちゃんと一緒に小走りに追いかけると、宗子は駐車場の外れに停められた幌つきのトラックに乗り込んだ。 「早く乗れ」 「って、運転は?」 乗り込んだトラックに運転手は乗っていなかった。 というか、 「私がする」 当たり前のような顔をして宗子はハンドルを握っていた。 「あなた高校生でしょ?」 「問題ない」 「大有りよ!」 「何処かに捕まってろ!」 そう叫びながら、エンジンをスタートさせた宗子は、車を急発進させた。
三人の乗ったトラックは高速道路を北上していた。 落ち着いたところで電話をしようとしたのだけど携帯は奪われたのか捨てられたのか乃梨子のも菜々ちゃんのも無くなっていた。 「ねえ、その敵ってまだ来るの?」 「目だった行動をすると目標にされる恐れがある。遠回りだが次のIC(インターチェンジ)で折り返す」 って、それは当たり前ではないのか。 まさか中央分離帯を飛び越えるつもりだったとか? 四キロ程走って、トラックは高速を降り、料金所へ至る大きく弧を描いたスロープを走っていた。 料金所の人に宗子の年齢がバレないか心配したが、結局、宗子は平然と料金を支払い、相手も事務的に受け答えしただけで問題は起きなかった。 車は一般道に抜ける料金所前の道を進み、丁度T字路になっているところでUターンして再び高速道路に入るはずだった。 だが、T字路の信号が青に変わる前に、窓の無い、大型バスのような車が道を塞いで停車した。 突然、宗子が叫んだ。 「伏せてろ!」 急に加速がかかり、タイヤのグリップ音が響く。 急発進と方向転換で乃梨子も菜々ちゃんももみくちゃにされた。 「嵌められた。待ち伏せだ」 「ええ?」 揺れが落ち着いたと思って前を見ると車は高速道路ではなく一般道をものすごいスピードで走っていた。 窓際の菜々ちゃんが言った。 「追ってきてますね」 「顔を出すな! 身を低くしてろ!」 次の瞬間なにかが弾ける音がして、菜々ちゃんの側のバックミラーが吹っ飛んだ。 「うそ! まさか撃って来たの!?」 宗子がハンドルを切ってトラックは蛇行した。 「乃梨子! 座席の後ろに対戦車ロケット弾がある!」 「え? なに?」 「ロケット弾だ。偽装してるがあれは装甲車だ」 「これですね?」 と、菜々ちゃんが早々と、妙な長い物体を取り出していた。 「ちょちょっと?」 「狙いをつけてトリガを押すだけだ。判るか?」 「はい。なんとなく」 「上等だ。私が援護する」 「後ろのトラックをやっつければ良いんですね?」 「肯定だ」 そう言ってハンドルから片手を離し、宗子は妙にごっつい銃を取り出した。 「ハンドルを頼む!」 「ちょっ!」 宗子はハンドルから手を離して後ろに向かって一発、二発と発砲し、さっさと窓に腰掛けるように身を乗り出してしまった。 追いつかれたら死ぬ、と本能的な恐怖を感じた乃梨子は夢中でハンドルにしがみつき、アクセルを踏み込んでいた。幸いなことに道はほぼ直線で何処までも続いていた。 後方でなにかの爆発音が響いた。 なんか、宗子が手榴弾を投げてる気がするんだけど、乃梨子はトラックをまっすぐ進めることに精一杯で、観察している暇は無かった。 やがて、菜々ちゃんの方から「しゅぽん」と妙な音がした後、一瞬間を置いてから、後方で大きく爆発音が響いた。
それで、終わりのようだった。 宗子は運転席に戻り、同じように窓から乗り出していた菜々ちゃんも座席に戻った。 「当たりましたよ」 妙にうれしそうにそう報告する菜々ちゃんに、乃梨子は、 「そ、そう」 と答えるのがやっとだった。 「前輪に当たった。あれでは敵兵士は生存しているだろう。今度からは確実に運転席を狙え」 「物騒なこと言わないでっ!」 「まあ、追跡は不可能だろう。素人にしては良くやった。勇気があるし思い切りも良い」 「えへへ、褒められちゃった」 「うむ。良い兵士になるぞ」 「ならないわよ! 前途有望な女子高生を妙な道に誘い込まないで!」 と、乃梨子の突っ込みが決まったところで。 「っていうか、結局あなた何者なのよ?」 「言わなかったか。私は戦争のプロ。つまり傭兵だ」 「ようへい!? ……本当なの?」 「肯定だ。私は今まで様々な戦場を渡り歩いてきた。国を挙げればアフガン、レバノン、カンボジア、イラク、コロンビア……」 最初はただの軍事マニアかと思っていた。 でも彼女の行動を見ていて判らなくなっていた。 そう、確かにそう言われてみれば、不必要なまでに危機意識が高かったりと妙に世間ズレしているのは、今までずっと戦場ばかりを経験してきたということなら一応説明はつく。 だからといって、目の前の16歳の少女がプロの傭兵だなんて、俄かには信じられない話だ。 その相良宗子は相変わらず眉根にしわを寄せて口をへの字に結んだしかめっ面で、真っ直ぐ前を見て車を運転していた。 その時、乃利子は妙にトラックが揺れることに気がついた。一定のリズムの縦揺れだ。 「道が悪いのかしら? そうは見えないんだけど……」 「……やつら正気か?」 「え、何?」 「AS(アーム・スレイブ)だ。しかし、たかだか誘拐にASなんぞを持ち込むなんて馬鹿げている。それだけの予算があるならその金で優秀な工作員を雇った方が百倍マシだ。敵の指揮官はよっぽどの無能か頭がイカレているのどちらかだろう」 「ちょっと、ASって、あのロボット兵器のことよね?」 今日、一回だけ志摩子さんからその名前を聞いていた。 菜々ちゃんが窓から身を乗り出して後ろを振り返って言った。 「来ました! 頭が見えます」 そのASはまだ、丘の向こうのようだ。 「ウルズ7から各位、現在敵のASに追われている。装備が足りない。至急増援を求む。……」 なにやら仲間へロボットの出現を伝えていた宗子は、通信を終えてから独り言のように言った。 「……くそう、見通しが良すぎる」 「近づいてきます!」 なにやら追いつかれるのは時間の問題のよう。 「どど、どうするの!? 何とかしないと……」 乃梨子がビビっていると、菜々ちゃんが言った。 「さっきの爆弾はもう無いんですか?」 「残りは荷台だが、ASに通常の兵器では……」 「判りました。荷台ですね」 菜々ちゃんは話の途中で何処からかサバイバルナイフを取り出して、助手席側のドアを開けた。 「ちょっと、菜々ちゃん?」 っていうかそんなもの携帯してんのか。 「待て!」 「だってあのロボットの方が足が速いんでしょう? 何もしなかったら捕まっちゃいます」 そこで宗子は少しだけ考えるように沈黙した。 そして言った。 「足を狙え。運が良ければ足止め出来る!」 「了解です!」 そして、菜々ちゃんは幌を切り裂いて荷台に飛び込んだ。 その直後、 「きゃあーー!!」 爆音が響いてすぐ横の路肩がさっきの銃撃の比じゃない規模で爆発した。ロボットが発砲したらしい。 車が大きく蛇行して乃梨子はその勢いで大きく振り回された。 「振り落とされるなよ!」 「菜々ちゃん!!」 「大丈夫です!」 壁越しに菜々ちゃんの元気な声が返ってきた。 でも、ASとかいうロボットの足音はどんどん近づいてくる。 敵の攻撃らしい路肩の爆発も繰り返し起こっていた。 車は敵の砲撃を避けるように激しく蛇行を繰り返し、乃梨子は両手で頭を抑えてきゃーきゃー叫ぶしかなかった。 菜々ちゃんの攻撃は背後から恐ろしげに響く足音がかなり大きくなってからだった。 後方で爆発音。 ロボットの足音が乱れ、続けて大きな振動。 やったか? と思うまもなく、爆音、衝撃、火と煙。トラックが跳ねるように激しく振動して宗子は必死でハンドルを切り、トラックは270度スピンして道を塞ぐように停まった。 敵の攻撃がトラックの後部をかすめ、後輪の片方が吹き飛んだようだった。 運転席側の窓からロボットが前のめりに転んでいるのが見えた。 そのロボットは乃梨子が見ている前で、這い蹲ったまま、その顔(?)を上げ、威嚇射撃だろうか、銃弾がロボットとトラックの間の路面で炸裂した。 「きゃあっ!」 と悲鳴を上げたあと、恐る恐るながら改めて見ると、第一印象カエルを連想させるその平べったいロボットの顔には、いかにも凶悪そうな銃口が二つも黒々と穿たれていて、それが真っ直ぐこちらを狙っていた。 先ほどから道路を抉りまくり、乃梨子達の乗るトラックの後部を破壊したのもこれであろう。 (これは駄目だ……) 見た瞬間、そう思った。 戦力に差がありすぎるのだ。 こちらは敵を一回ころばすのがやっとだってのに、向こうはこちらの全てを何回も破壊しつくせるほどの力をまだ保有しているのだ。 未だに乃梨子が生きてるのは彼らの目的が殺害でなく誘拐だから。ただそれだけの理由であろう。 「……なんなのよこれ。どうして私がこんな目にあわなきゃいけないのよ」 思わずそう呟いていた。 「私が知っていることは……」 「え?」 宗子がハンドルに額をつけたまま語った。 「……キミ達がなにか特別な存在で、ある諜報機関が生体実験に使おうとしていたということだ」 「生体実験? なんなの? どうしてそんなことの為にあんなロボットまで出て来るわけ?」 「私は護衛を命じられただけで何も聞かされていない。だが敵があんなものを持ち出してくるということは誘拐に当たって重大なリスクがあるのだろう。私には判らんが……いや」 そこで宗子はなにかに思い当たったように言葉を止めた。 「どうしたの?」 「いや、何でもない」 「……そう」 少し間を置いて宗子は言った。 「すまない。任務は失敗だ」 「そのようね」 いくら武器弾薬が残っていても、あのロボットが本気で攻撃してきたらひとたまりも無いだろう。 「だが、何があっても最後まで希望を捨てるな。私がやられても我々の仲間が必ず救出作戦を遂行する」 「や、やられてって……」 「キミと菜々が殺されることは無いはずだ」 「あ、あなたは?」 「私は軍人だ。覚悟は出来ている」 「そんな……」 やがて、スピーカー越しの妙な外国訛りのある日本語が聞こえてきた。 『投降しろ。お前達の負けだ』 宗子は敵側になる運転席側のドアを開けながら乃梨子に話しかけた。 「両手を頭の上につけてゆっくり外に出るんだ。バルカン砲の照準が真っ直ぐこちらを向いている。絶対に軽率な行動はとるな。まず生き延びることを最優先に考えるんだ」 乃梨子は神妙に頷いた。 言われた通り、車の外に出ながら、乃梨子は荷台に居た菜々ちゃんを心配していた。 荷台の幌は外見は元のままで燃えても潰れてもいないけれど、中でどうなっているのか判らない。 『いいか。そのまま動くな。もうすぐ迎えが来るからな』 そんな戦車を相手にするような武器で狙われたままというのは生きた心地がしなかった。 「……おそらく今、敵はASのパイロット一人だ」 宗子が妙なことを言い出した。 「な、なんですか?」 「あの銃口を逸らせれば、何とか出来るかもしれない」 「そんなの無理よ」 だが、直後、背後から「しゅぽん」と聞き覚えある音がして、トラックの荷台の後ろの方から、ロボットに向かって“何か”が煙を引いて飛んでいった。 同時に乃梨子はトラックから離れる方向へ突き飛ばされて地面に転がった。 乃梨子を突き飛ばした宗子はロボットに向かってもう走っていた。 続いてロボットが発砲しロケット弾が空中で爆発。直後にロボットの銃撃がトラックの荷台を襲った。 「菜々ちゃん!!」 思わず叫んだ乃梨子だったが、自身も身の危険を感じ、はいずるようにトラックの後方に移動した。 菜々ちゃんは荷台の外で地面に伏せていた。まさかと思い、乃梨子が慌てて駆け寄ると、菜々ちゃんは素早く立ち上がって乃梨子の腕を掴み、叫んだ。 「逃げて!」 「ええっ!?」 そのまま菜々ちゃんに引きずられるようにダッシュ。 十数メートル行ったところで背後から爆風に襲われ、つんのめって、地面に突っ伏した。 後ろを振り返るとトラックが炎上していた。 乃梨子はそれを見つめながら言った。 「ど、どうしよう」 「どうしました?」 「あの子、宗子、相良宗子が、『覚悟は出来てる』とか言って、一人で……」 身一つであんなロボットに向かっていって何が出来るというのだろう? 無謀としか言い様がなかった。 少しして、またあの恐ろしい足音が聞こえ、炎上するトラックの煙の向こうにあのロボットが現れた。
万事休す。 乃梨子が泣きそうになっていると、スピーカー越しの声が聞こえた。
『私だ。こいつを奪うのに成功した』
「……うそ」 流れてきた声が宗子のものだと知って、思わずそう呟いていた。 乃梨子より年下の少女だぞ。 それが、あの軍事用のロボットを奪って操縦までしてるなんて。 (でも、生きてた)
あの時、宗子が言った言葉は菜々ちゃんに向けたものだったのだ。 敵に向かってロケット弾を撃てという。 もちろん菜々ちゃんに正確な射撃を期待していたわけではなく、爆発で隙を作らせるのが目的だったようだ。
それにしても。 「宗子!」 乃梨子はすぐ傍で腰を屈めているそのロボットを見上げて叫んだ。 『どうした』 スピーカー越しに宗子が返事をした。 「何であんなことしたのよ!」 『このタイプのASはゲリラ時代に散々相手をしている。単独なら奪うのは容易い』 「そんなことじゃないわよ!」 『じゃあなんだ? 素人の菜々にロケット弾を撃たせたことか? 危険な役割をさせてしまったことは謝る。だが彼女なら可能だと判断した。彼女は立派に成し遂げてくれた』 「そうじゃなくって! 『私がやられても』とか『覚悟は出来てる』とかっ……!」 乃梨子がそう言うと、宗子は少しの間沈黙した。 『……私の生死など気にするな。キミ達は自分達が生還することを最優先に考えれば良い』 「なんでよ……」 だんだんと頭が下がり、乃梨子は俯いていた。 『私の任務はキミ達の護衛だ。これは状況を判断して最良の選択をした結果だ』 「……たんだから」 『どうした? 気分が悪いのか?』 「……心配したんだから。……死んじゃったのかと思ったわよ!」 『……』 それ以上の宗子の返事は無かった。 「乃梨子さま……」 菜々ちゃんが心配そうに乃梨子の肩を抱いていた。 「もう、止めてよね。あんなの嫌だよ……」
菜々ちゃんが宗子に聞いた。 「それで、どうするんですか?」 『仲間との合流地点まで移動する。手に乗ってくれ』 ロボットは片膝をついて乃梨子たちの前に手を降ろした。 『揺れるから指にしがみついてろ』 「片手に二人ですか?」 『両手が塞がると敵に遭遇した時やばい。狭いだろうが我慢してくれ』 「判りました。乃梨子さま、大丈夫ですか?」 「う、うん……」
ロボットの掌はエラく乗り心地が悪かったが、そのまま乃梨子達を手に乗せたロボットは、木で覆われた山を一つ越えた。
そこは山に挟まれて、見通しの悪い沢だった。 そろそろ日も落ちてきて空は茜色に染まり始めている、そんな刻のことだ。 ロボットが急に立ち止まった。 「どうしたの?」 と乃梨子が聞いても何も答えず、宗子は川原に二人が乗っているロボットの手を降ろして言った。 『ここから南に向かえば街に出られる。上手くすれば仲間と合流できる』 「どういうこと?」 その返事を聞く前に、砲弾が飛ぶ音と激しい水しぶきに見舞われた。 「きゃあっ!」 『くっ!』 「どうしたの! 敵?」 『……新手だ』 ロボットは乃梨子達を庇うようにこちら向きに屈んでいたが、間髪開けずにその背中で爆発が起こり、ロボットは倒れこんできた。 「乃梨子さま!」 「きゃぁっ!」 間一髪、菜々ちゃんに引っ張られて、ロボットの下敷きにならずに済んだ。 「の、宗子?」 『……』 今ので故障したのか、スピーカーのかすかなノイズしか聞こえてこなかった。 何が起こっているのか? 宗子の操るロボットは立ち上がって、敵が攻撃してきたらしい川下に向かった。 「行きましょう。乃梨子さま!」 「で、でも」 菜々ちゃんは無言で、でも強引に乃梨子の手を引いた。 その次の瞬間、オレンジ色の砲弾が彼方から突き刺さり、宗子の駆るロボットの右腕が吹き飛んだ。 「宗子!!」 「危険です!」 「宗子がっ!」 「だめです! 乃梨子さま!」 続けて二発。右腕と片足が吹き飛び、ロボットは派手に水しぶきを上げて川面に倒れこんだ。 「……!!」 乃梨子が言葉にならない悲鳴を上げた直後、乃梨子の目の前は爆炎に覆われた。 その炎と煙の向こう。 その時、乃梨子は、まるであざ笑うかのようにこちらを見下ろす、銀色に浮かび上がる鬼のようなシルエットを確かに見た。
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唐突に落下する感覚。 「痛っ!」 いや、落下したのは、乃梨子ではなく、乃梨子のベッドの傍らいつも置いてある、デジタル式の目覚まし時計であった。 その時計が寝ている乃梨子の顔めがけて転げ落ちてきたのだ。 「って、あれ?」 身体を起こした乃梨子は、我に返って辺りを見回した。 (……私の部屋?) そこは毎日乃梨子が寝起きする自室のベットの上だった。
終わんないし……。 次→【Cb:116】
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