ひと夏の経験値乃梨子、再び No.116 [メール] [HomePage]
作者:まつのめ
投稿日:2007-07-09 22:07:04
(萌:0
笑:7
感:0) 更新日:2007-07-12 01:10:22
【Ga:2315】→【Ga:2320】→【Cb:114】→【Cb:115】→ さて、(一人で)盛り上がってまいりました。 (長い・パロディとのクロス・混ぜるな危険すぎ・マリみてでやる必然性はない)
唐突に落下する感覚。 「痛っ!」 いや、落下したのは、乃梨子ではなく、乃梨子のベッドの傍らにいつも置いてある、デジタル式の目覚まし時計であった。 その時計が寝ている乃梨子の顔めがけて転げ落ちてきたのだ。 「って、あれ?」 身体を起こした乃梨子は、我に返って辺りを見回した。 (……私の部屋?) そこは毎日乃梨子が寝起きする自室のベットの上だった。
3−1『それは終わらない戦争だった』
身体をずらして床に足をつけ、自分の服を見下ろした。 いつも寝る時に着ているパジャマだった。 着替えた記憶はおろか、家に帰ってきた記憶すらないのだけど、順当に考えれば、いま乃梨子が生きているといことは(しかも無傷ってことは)、あのどうしようもない状況から何らかの方法で助かって、乃梨子は気絶している間に家まで送り届けられた、といったところだろう。 (それににしても……) 乃梨子はもう一度ベッドに身を投げ出すと、転がってる目覚まし時計を目の前に掲げた。 既に朝。 いったい何時間眠っていたのか判らないけれど、もう学校へ行く時間だった。 もちろん授業ではなくて山百合会の仕事の自主登校だ。 (なんか行きたくないな) と、普段の乃梨子らしからぬことを思ってしまうのだけど、昨日あれだけのことがあった後だ。はっきり言って乃梨子の日常は完全に崩壊したと言って良いくらいの出来事だった。むしろ「行きたくない」位で済んでいることを褒めて欲しいくらいだ。 そんな訳で、ぎりぎりまで行こうか行くまいか迷いつつ、ベッドの上でごろごろしていた。 そして、結局、 (……やっぱり休もう) そう思って枕元にあるはずの携帯を手で探っていると、扉の向こうから同居人の声が聞こえた。 「リコー、昨日から自主登校なんだろ? 行かないのかい?」 「あー、今日は……」 ちょっと待って。 『今日は休む』と言いかけて、菫子さんの言葉に違和感を感じた。今、『昨日から』と言ったか? 自主登校は今日でもう四日目のはずだ。乃梨子は起き上がってカレンダーを見た。 ちゃんと自主登校開始の日には印がつけてあって乃梨子の字で『ここから自主登校』と書いてある。 はて? と少し考えたが、まあ、菫子さんには他人事だし間違えたのだろうと結論した。 (あれ、でも何か忘れてるような……) 菫子さんの勘違いよりも重要な事。 「なんだっけ……ええと、携帯電話?」 思い出した。探しても無いはずだ。 携帯電話は昨日、誘拐犯に奪われてそれっきりだった。 中学時代の友達のから山百合会のメンバーまで、番号をかき集めるのにどれだけ費やしたことか。でもその労力は実は大した事なくて、機会あるごとに登録してきただけなんだけど、一番最近登録した相良宗子の番号が今無いのは悔しい。 宗子に書いてもらったメモ書きはどこに行っただろう? などと考えて、突然昨晩の光景が乃梨子の脳裏にフラッシュバックした。
手足をもがれ、動かなくなった機体。 あの中に宗子が居た。 やがて、敵の攻撃で機体は炎上した。 乃梨子は気絶するまでひたすら彼女の名前を叫んでいた……。
「宗子!?」 (宗子はどうなったの?) 「なんだ。起きてるじゃないか。行くんだろ?」 「え?」 いつの間にか扉のところに来ていた菫子さんは手に何かを持ってひらひらさせていた。 良く見るとそれは乃梨子の携帯電話。 いつの間に返ってきたんだろう? 「昨日居間に忘れてったろう?」 そう言って菫子さんは乃梨子の手にそれを握らせた。 「……昨日?」 「ああ、そうだよ。で、どうするね? 今日は学校行くのかい?」 はて、記憶に無いが、家に送り届けられた時点で、既にこの携帯は返還されていたってことか。 寝ぼけてか無意識か、居間に携帯を置いて部屋に戻ったのであろう。全然覚えていないんだけど。 とにかく、帰ってきたのは良いことだ。 早速乃梨子は宗子に電話をかけるためにアドレス帳を呼び出した。 が、 「ない!?」 「何がないんだい?」 菫子さんはまだ目の前に居て、乃梨子が見入っている携帯の液晶画面を一緒に覗き込んでいた。 「“宗子”のアドレスが無いのよ! 一昨日確かに登録したはずなのに」 それを聞いた菫子さんが呆れたように言った。 「“のりこ”はあんただろ?」 「熱はないな」と、乃梨子の額に手を置いたので、乃梨子は慌てて跳ね除けた。 「違うわよ! 相良宗子。私の後輩で……」 って菫子さんに言っても仕方が無いか。 「結局学校へいくのかい? 行かないのかい?」 「電話したら行く!」 そう言って、机のところに走り、乱暴に引き出しを開けて中を漁った。 あとは鞄の中。ゴミ箱の中。制服のポケット。 何処を探しても宗子が名前と番号を書いてくれたノートの切れ端は見つからなかった。 往生際悪くベットの布団をひっくり返したりしている乃梨子に、見ていられなくなったのか菫子さんがこう進言した。 「その、“のりこ”とやらは学校に来ないのかい?」 「それは山百合会のお手伝いをすることになってるから……」 無事なら来るはずだ。 「だったら見つからない物を探すより、さっさと行った方が手っ取り早いと思うがね?」 左様、ごもっともな意見だ。 無事なら番号なんてまた聞けば良い。 あまり考えたく無いが、無事じゃなくても、もうリリアンに在籍しているのだから連絡先くらい判るはず。 とにかく学校へ急ごう。 乃梨子はまだ着ていたパジャマを脱ぎ捨てて、急いで制服に着替えた。 菫子さんは乃梨子が学校へ行く気になったのを見て、台所の方へ戻っていった。
ゴタゴタしていたのですっかり遅くなってしまった。 いつもなら朝のニュース番組を見ながら朝食を食べるのだけど、今日はパス。 「行ってきます!」 「おう、行っといで」 リビングでテレビを見ている菫子さんを横目に、乃梨子は廊下を駆け抜けた。
でも、それはニュースでも天気予報でも、今日の運勢でも何でも良かった。 乃梨子もここで少しでもテレビを見ておくべきだったのだ。
違和感を感じ出したのは、薔薇の館に着いてからだった。 紅薔薇さまである祐巳さまは言った。 「今、仕事少なめなんだよね。昨日だけで夏休み前に残してた分はおわっちゃったし」 新たな申請書の類がまとまって来るのは今日の午後以降になるとの事。 ここで乃梨子はなんとなく前に似たようなことを聞いた覚えがある気がした。 それがなんとなくではなく確信に変わったのは、正午近くなってからだった。 申請書類なんていちいち内容を覚えていないものだけど、今日は妙に前に見たような申請が多かった。 まあ実際、同じところから似たような申請が提出されて確認に走る、なんて仕事もあったくらいだから、それ自体は不思議でもなんでもなかった。 だが、昼前になって祐巳さまが『少なめ』と言っていた書類が全部はけてしまった後、祐巳さまがこう宣言したのだ。 「えーと、みなさん待望の仕事なんだけど、明日になるそうです」 「ええー!?」 不満げに大きな声を上げたのは黄薔薇さまたる由乃さまだ。 「申し訳ないけど今日はもう仕事がありません。よってこれで解散とします」 「やった」 「って、由乃さん、仕事したかったんじゃないの?」 「なんでよ」 「不満そうな声出してたじゃない」 「あれはお約束よ」 なにやら息の合ったやり取りが続くが、乃梨子は……。 「乃梨子、どうしたの? そんなに仕事がなくなってしまったことが意外だったのかしら?」 「ちがうよ。そうじゃなくて……」 思い出したのだ。このお二人は一昨日も同じ会話をしていた。 最初は祐巳さまと由乃さまがふざけて一昨日とまったく同じ会話をしてみせてるのかと思っていた。 でも、よくよく思い出してみると、祐巳さまがここ会議室でみんなに最初に発した『今、仕事少なめなんだよね……』からして同ことを言っていたのだ。 似たようなシチュエーションになってしまったからふざけて同じ事を言ったと考えられないこともないが、今朝、祐巳さまは、昨日だけで“夏休み前に残してた分”が終わってしまったからと言っていた。 それって、おかしくないか? 『昨日だけで夏休み前に残してた分を終えてしまった』のは一昨日のことのはずだ。 今日残っている仕事だったら、『昨日、遅れて集まった書類』となるはずなのだ。 それに、今朝の祐巳さまはふざけている雰囲気ではなかった。というか、紅薔薇さまはそういうときに一人でふざけるような人ではない。 (じゃあ、なんで?) その時、志摩子さんが書類を何枚か持って乃梨子の元にやって来た。 「乃梨子、この書類なんだけど」 「はい?」 「これは乃梨子がやったものよね?」 見ると、確認済みってことで、乃梨子が日付を記入した書類だった。 「……何か問題でも?」 「日付が間違ってるわ」 「え?」 「ほら、明後日になってしまってるの」 「まさか……」 書き間違えたかな? と思って書類を確認する。 (あれ、合ってる?) 「あの、志摩子さん? 今日18日で合ってるんじゃない?」 それを聞いた志摩子さんは困ったような顔をして言った。 「……乃梨子、今日は16日よ」 「え!?」 まさかと思い、携帯電話の日付表示を確認する。 「えーーーー!?」 16日だった。 「きょ、今日って本当に16日ですか?」 近くに居た祐巳さまに聞いてみた。 ちょっと困ったようにうんうんと頷いていた。 由乃さまにも視線を向けてみる。 こちらは珍しいものを見たような顔をした後、どっしりと一回頷いた。 (そ、そんな……) 視線を戻すと志摩子さんは哀れむような眼をしていた。 「乃梨子は疲れているのね。今日はまっすぐ帰って休んだ方が良いわ」 「あ、あの志摩子さん?」 「ごめんなさい。私は今から家の用事で急いで帰らなくてはいけないから乃梨子を送れないの」 まただ。 確かに16日は家の用事で志摩子さんは後片付けにも参加せずに帰っている。 でもそれは乃梨子にとっては一昨日のことだ。 志摩子さんはそれ以降、二学期が始まるまで家の用事はないと言っていた。 これは単に乃梨子が勘違いしているってだけの話ではない。
志摩子さんを見送った後、片付けをしながら乃梨子はもう一度、祐巳さまを捕まえて聞いてみた。 「あの、つかぬ事を尋ねますけど、良いですか?」 「なあに? いいよ」 ニコニコと誰でも愛想良く相手をしてくれる祐巳さまは親しみやすい紅薔薇さまとして校内ではかなりの人気者だ。 などと関係ないことを考えてないで、確認だ。 「今日って、自主登校はじめて何日目ですか?」 「昨日からだから二日目だね」 祐巳さまは一切不審がることなく答えてくれる。これが乃梨子が祐巳さまを選択した理由だった。 「自主登校が始まったのは15日であってますよね?」 「うん。そうだよ。だから今日は16日」 「もしかして、みんなして私をからかってるなんて事はないですよね?」 「ないよ? そんなことしてもなんもメリットも無いじゃない」 「そうですよね……」 と言うことはやっぱり今日は16日ってことか。つまり乃梨子が日付を勘違いしていたのか? でも、自主登校四日目と二日目を勘違いするなんてありえない。 乃梨子には三日間登校して仕事をした記憶があるし、特に2日目以降は忘れたくても忘れられない強烈な記憶があるのだ。 「……納得してくれたかな?」 祐巳さまは考え込んでいる乃梨子を、後片付けの手を休めて待っててくれた。 「あ、すみません。変なこと聞いてしまって申し訳ありません」 「いえいえ、私でお役に立てるならなんでも聞いてね」 「あ、はい」
――つまり、時間が戻ってる? 信じがたいことではあるが、一番納得できる答えはそう考えることだった。
それから後片付けを済ませて、みんなで薔薇の館を出た。 「で、これからどこかに寄って行こうと思うんだけど、乃梨子ちゃん、どうする?」 どうする、とは、黄薔薇姉妹、紅薔薇姉妹と一緒に白薔薇の片割れたる乃梨子も同行するかと言う質問だ。 「い、いえ、私は遠慮しておきます」 これも乃梨子的には一昨日言った台詞だった。
もし時間が戻っているのなら、この後、乃梨子は相良宗子と出会うはずだ。 もちろん、記憶どおりの行動を乃梨子が取ればの話だが。 (でも後ろから撃たれるのよね……) 乃梨子が、宗子との関わりを避けたくなって逃げ出したところをゴム・スタン弾とかいうので撃たれて、乃梨子は昏倒したのだった。 あんな経験はもうこりごりだ。 同じ出会うにしても、もっとソフトに出会えないものか? そう思った乃梨子は、彼女との遭遇地点に向かう時に、見通しの良い並木道方向からは行かずに、マリア像のある二股の方から、講堂の脇を抜けていくコースを辿った。
講堂裏の銀杏並木に一本だけある桜の木。 それは乃梨子にとって特別な意味のある場所だった。 そんな大切な場所を戦場にしてはならない。 乃梨子は一大決心を持って、望んだ。 まずは、忍び足で講堂の脇を抜け、角からこっそり問題の場所をうかがう。 (あれ?) 桜の木の下には誰も居なかった。 (早すぎたのかしら?) そう思って、出て行こうとしたその時だった。 「おい!」 「ひっ!?」 いきなり肩を掴まれ、驚いて振り返ろうとした瞬間、天地がひっくり返り、乃梨子は背中から地面に打ち付けられた。 「貴様、何者だ!」 「……」 目の前に、ざんばら髪で眉根に皺をよせたしかめっ面があった。乃梨子の額に向けられている拳銃付きで。 相良宗子相手に考えが甘かったようだ。 「言え。何故物陰から伺っていた」 「わ、私は山百合会の役員よ。休み中なのに学校に居るのは仕事をするために自主登校してるから」 「山百合会とはここの学生の自治組織だな。だが、熟練が甘い。気配が丸見えだ」 「な、何の話よ?」 「仕事とは侵入した敵の発見と殲滅であろう」 「違うわよ!」 「お前はエージェントだな。姿を見せずに私の居場所を特定したことは褒めてやる。だがその先が素人丸出しだ」 「だから違うって」 「お前の組織の構成と規模を吐いてもらおう」 「いい加減にしてよ。それと銃をどけてくれない? 私はあなたとまともにやりあって勝てるなんて思ってないわ」 「それは殊勝な考えだ。素直に吐くなら手荒なマネはしない」 宗子はようやく銃をさげて、乃梨子が立ち上がるのを許してくれた。 だが、 「……ちょっと、何で手錠を嵌めるのよ? 私、ただの女子高生よ?」 宗子は乃梨子の手を後ろに回して手錠で拘束していた。 そして、どうやってこじ開けたのか、講堂の裏口を開けて、 「入れ」 中に乃梨子を押し込んだ。 そして宗子も入って、その扉を後ろ手に閉めた。 もしかして、ヤバイかも? この時期、講堂なんて使われていないことは言うまでもない。 それに、ただでさえ校内にいる人間が少なくて誰かが通りかかる確率は低いのに、こんなところに入ってしまったら、助けが来る可能性はほとんどゼロになってしまう。 陰気な講堂内の廊下で乃梨子は宗子と対峙していた。 「……な、なによ?」 「お前が、ただの女子高生である訳が無かろう」 「なんでよ!」 「お前は、私が銃を向けた時、弛緩した姿勢をとり身体を微動だにしなかった」 「それは、銃を突きつけられたら危険だから……」 それは『前』に宗子自身から忠告されたことに従っただけなのに。 「あれは一切抵抗しないことで敵の油断を誘い、隙が出来た瞬間、爆発的に筋力を開放するための特別な技法だろう。東洋にはそのような体術があると聞いている」 「んなわけあるか!」 「それだけではない。お前は私が銃の射程を一切逸らしていないことを知って、手錠を嵌める時も抵抗しなかったではないか。一般人ならば無意識に手を硬直させたりと、全く抵抗しないなんてことは在り得ない。これはお前が銃を持った相手の対応に慣れている証拠だ」 「知らないわよ! ただ銃を持ってるから怖かっただけ!」 「いい訳をするな! 私を、ただの諜報部員の能力では勝てない特別対応要員と見抜いておいて、まだ一般人を装うか」 「だから知らないってば!」 「……」 不味いぞ、不味い。このままでは乃梨子は敵のスパイかなんかにされてしまう。 宗子は黙ってポケットをまさぐり、銀色に光るワイヤーを取り出した。 「……な、なによそれ、どうする気?」 「なあに、苦痛を与える方法ならいくらでもある」 「や、やめてよ! それって犯罪よ!」 「……素直に吐くなら手荒なマネはしないと言ったはずだ。素直に吐くならな」 だ、駄目だこいつ。 なんだっけ、戦争から帰って来た兵隊が一般生活に馴染めなくって、被害妄想みたいになって事件を起こすってやつ。TV番組かなんかで聞いたことがあるけど、宗子はそれだ。 関わっちゃいけなかったんだ。 『前』はちょっと痛い目にあったものの、あとは割りと友好的で、世間ずれしてるけど、『非常時は乃梨子を守ってくれた良い奴』って認識だったけど、あれは偶々そうなっただけだったんだ。 このまま立っていても拷問を受けるだけ。 背中を見せて逃げれば背後から撃たれる。 とすると、後、出来ることは? 乃梨子は口を、それこそ宗子のようにへの字に引き結び、宗子の方を睨んだ。 「相良宗子!!」 乃梨子は彼女の名前を叫びながら、彼女に向かって突進した。 銃で撃たれるか、ナイフで切りつけられるか、そのくらいは覚悟していた。 運が良ければ逃げられる。駄目で元々。そんなやけくそだった。 でもどういう訳か、乃梨子の叫びに宗子は動きを止め、乃梨子のタックルをそのまま受け止めた。 宗子はそのままバランスを崩して背中から扉にぶち当たり、扉は蝶番の方から外れて、二人はなだれ落ちるように外に放り出された。 (もしかして、チャンス?) 乃梨子は宗子が寝そべったまま顔をしかめているのを見て、迷わず走った。 (まっすぐ逃げちゃ駄目だ) 『前回』の教訓から乃梨子は迷わす建物の影に走りこんだ。 講堂の角を曲がると同時くらいに足元に銃弾が突き刺さった。 『今度』は実弾か。 もう一つ角を曲がって講堂の表側に回ったところで乃梨子は見知った顔を見つけた。 三年生になるのに未だに両側で髪を結んだツインテール。 紅薔薇さまとして皆から慕われている、祐巳さまだ。 「ゆ、祐巳さまー!!」 「あれー、乃梨子ちゃん? まだ居たの?」 と、三又に至る道を通ってこちらに走り寄ってくる祐巳さま。 「祐巳さま! 来ないで危険です!」 「え、なに?」 「だから……」 両手の自由が利かない乃梨子の制止は祐巳さまにはうまく伝わらず、祐巳さまははたはたと小走りに乃梨子の前まで来てしまった。 「あれ、これは何の遊び?」 はぁ。この人はこんな時までニコニコと……。 祐巳さまは乃梨子の手が後ろに回っているのに気付き、乃梨子が逃げる隙を与えず、背後に回って手錠を見つけてしまった。 「あ、遊びというか……取りあえず逃げませんか?」 「なんで?」 「だって危険なんです。私、襲われて……」 「もう大丈夫だよ?」 あっけらかんとそう言う祐巳さまだけど。 「あの、ですね。その子は軍人で、常識が通用しなくて、思い込みが激しくて……」 「それって、そこに隠れてる子のことかな?」 と、祐巳さまは乃梨子が曲がってきた角を見つめた。 「ゆ、祐巳さま!」 気配が判ったって、祐巳さまはあの子の危険さが判っていない。 「怖がってないで出ておいで。私は怒ってないから」 「ち、違いますよ。あの子は武装して攻撃する隙を伺ってるんです」 「そんなことないよね? 乃梨子ちゃんをいじめた事を私が怒ってると思ってるんでしょ?」 「え!?」 乃梨子の声が裏返った。 いじめたって? 祐巳さまは今ここに来たばかりなのに、なんで? 「あ、あの、祐巳さま?」 「その手錠、付けたのあの子でしょ?」 「……そうですが」 どうやったのか祐巳さまは、乃梨子の手錠を一瞬で外した後、講堂の角に向かって呼びかけるように言った。 「早く出てきて乃梨子ちゃんに謝って。それでおしまいにしよう」 手錠を見て、あと建物の角に隠れてる子の存在を察知して、それだけで乃梨子がいじめられてたって判るのか? 祐巳さまはしきりに出てくるように言うけれど、宗子が角から出てくる気配は無かった。 「あ、逃げちゃうんだ。そんなことすると、私、怒っちゃうよ?」 「ゆ、祐巳さま。あの子は祐巳さまが敵う相手では無いと思いますが……」 「あれ? 乃梨子ちゃんまでそんなこと言うんだ」 「でもですね」 「判った。じゃあ見せてあげる。あの子も逃げちゃう積もりみたいだし」 そして祐巳さまは講堂の角に向かって歩き出した。 「む、無茶ですよ!」 「乃梨子ちゃんは後に隠れていて」 「祐巳さまっ!!」 乃梨子は角を曲がった瞬間にあのゴム弾とかで祐巳さまが吹き飛ばされるかあるいは実弾で撃たれて倒れるに違いないと思っていた。 だけど、祐巳さまを追いかけて講堂の建物の一つ目の角を曲がった乃梨子が見たものは。
「薔薇の力を秘めしロザリオよ、真の姿を我の前に示せ。契約の元、祐巳が命じる」
「え? ちょっと……」 そして祐巳さまは首から外したロザリオを高く掲げて叫んだ。
「レリーーーーズ!!」
「って、待てーーっ!!」
……全然待ってくれませんでした。
祐巳さまは、先に十字架をあしらった輪っかのある杖を持って颯爽と立っていた。 志摩子さんの時みたいに凶悪な着替えは無かったけれど、また魔法陣みたいのが地面で光って、ロザリオが杖に変形する光景は、十分合い通じるものがあると感じた。でもそんなことは些細な出来事だと思わせるほどその後の展開はハードだった。
もう一つ角を曲がって講堂の裏に出た祐巳さまは、角から出た瞬間に発砲した宗子の銃弾をあろうことか、杖ではじき返したのだ。 宗子が撃ったのは『前回』乃梨子を昏倒させたゴム・スタン弾とかいう奴らしかった。 続けてもう一発。 宗子の銃捌きは凄かった。自動で連発できるものでは無いらしいのに目にも留まらぬ速さで弾を再装てんして殆ど連続で撃ってくる。 それに対する祐巳さまは顔が何故か笑ってるのに、ほいほいと杖で弾をはじくのだ。 「駄目だよ? こんなの撃ったら怪我しちゃうでしょ?」 明らかに宗子のほうが戦力がありそうなのに、余裕があるのは祐巳さまの方で、宗子は余裕のなさそうな表情で冷や汗をかいていた。 追い詰められた宗子はとうとう祐巳さまに向かって手榴弾を放った。 「祐巳さまっ!!」 乃梨子も建物の影に避難した。 少しして、恐る恐る講堂の裏を覗くと、爆煙で祐巳さまの姿がよく見えなかった。 そして煙は風に流されて空気が透明さを取り戻した時、祐巳さまは何事も無かったようにそこに立っていた。 宗子が呟いた。 「……化け物か」 「あー、そういうこというと傷ついちゃうな」 というか、祐巳さま、あなた、何者ですか? 「でも、おいたする子にはおしおきだね?」 「くっ」 宗子は攻撃を諦めたのか、もう一つ手榴弾を投げたあと、踵を返して逃げ出した。 祐巳さまはその場から動かず、何処からか長方形のカード、と言ってもサイズはクレジットカードなどよりも大分大きめの、を取り出して、目の前に掲げ、呟くように言った。
「ルルニャンよりいでしカードよ、その力を我に示せ」 また魔法陣らしきものが地面に光り、カード支えも無いのに祐巳さまの前に浮かんだ。 祐巳さまは両手で“杖”を持ち、上段に振り上げてから浮いたカードに向かって振り下ろし、そして叫んだ。
「No.011! ドリルっこ!」
……それ、使い方違いませんか?
その“ドリルっこ”の攻撃は螺旋を巻いて宗子を追い、遠くの植え込みの中から大きな武器(迫撃砲らしい)を取り出していた宗子を巻き込むようにして足元から掬い上げ、そのまま武器とともに宗子を祐巳さまの目の前まで運んできた。 螺旋はまだ宗子を捕縛したままだ。 「さて、封印しちゃおうかな?」 「ゆ、祐巳さま?」 「んじゃ、……」 祐巳さまは宗子の前に杖を掲げて叫んだ。
「汝のあるべき姿に戻れ。 ルルニャンカード!!」
「って、それも待てーーーーー!」
っていうか、それ絶対違うから。
乃梨子の突っ込みも空しく、相良宗子は、たった今祐巳さまの掲げた杖の先に現れたカードに吸い込まれるようにして跡形も無く消えてしまった。
「の、宗子は?」 「ほら」 祐巳さまはそのカードを見せてくれた。 「……」
そこには、眉根に皺を寄せ、口をへの字に引き結んだしかめっ面の少女が、長袖の暑苦しいシャツ、ポケットの多い実用一辺倒のベストに、下は長ズボンにごついブーツというお決まりの服装で、一緒に取り込まれたらしい武器を抱えた姿で写っていた。
『No.0XX 戦争ボケ少女 長い間、世界中の紛争地帯を戦い抜いてきた少女。 特技はトラップの施設とASの操縦。攻撃力が鬼のように高い。ただし彼女は幹部生徒を上官と思っているため、薔薇さま(元薔薇さまも)には攻撃できな…………』
あー……。あとは読む気がしない。
「乃梨子ちゃん?」 「相良宗子……。こんな姿になっちゃって……」 乃梨子がなんとも形容し難い感慨にうなだれていると、祐巳さまは、またもやあっけらかんと言い放った。 「流石に冗談だよ?」 「なにっ!?」 「見えなくしていただけ。ほら」 祐巳さまが指した方向、ちょうどさっき宗子が捕縛されていた辺りの直下に、彼女がのびていた。 その倒れている宗子に祐巳さまは無造作に近寄り、 「宗子ちゃん。相良宗子ちゃーん」 彼女の顔を手のひらでぺちぺちと叩いた。 「むっ?」 彼女はすぐに目を覚ましたが、祐巳さまを間近にして、慌てて飛びのいた。 「じゃ、宗子ちゃんには罰として乃梨子のお手伝いをしてもらうからね?」 「……それは出来ない。私は雇われている軍人だ。指示された作戦以外の行動をするわけにはいかない」 「でも、宗子ちゃんの任務って学校に編入して護衛をすることじゃなかった?」 祐巳さまは何故知ってるんだ、なんて突っ込みはしちゃいけないんだろうな。 宗子はぶっきらぼうに答えた。 「答える義務は無い」 「そうなんだ。でも山百合会のお仕事なんだけどなー」 「……」 「この話うけとけば、誰にも怪しまれずに堂々と薔薇の館に居られるんだよ?」 宗子は沈黙。 良く判らないけど『前』に宗子から聞いた話では乃梨子と菜々ちゃんが護衛の対象だったはずだ。 良い話だと思うのだけど、宗子は『これは罠だ』とでも思っているのか? 「うーん、なんか宗子ちゃん戸惑ってるね?」 そうなのか? 乃梨子にはただむっつり押し黙っているようにしか見えないのだけど。 祐巳さまはこう続けた。 「そっか。じゃあ“宗子ちゃん達の流儀”に従うね?」 「どういうことだ?」 宗子が聞き返すと、祐巳さまは背筋を伸ばして改まり、張りのある声で言った。 「今から山百合会はあなたを拘束します。相良宗子は今日から学園の寮に住むこと。自宅への帰宅は一切禁止します」 「……好きにしろ」 なげやりに宗子がそう言うと、祐巳さまは“杖”を宗子に向けて言った。 「じゃあ、武器とか通信機は全部没収。出して」 「……判った」 宗子はさっき使ったショットガンと拳銃を地面に投げた。 「全部だよ? もっと持ってるでしょ?」 「……」 出るわ出るわ。 どこに持っていたのか、自動小銃に拳銃がもう一丁、乃梨子も見たことのあるアーミーナイフ、妙に湾曲した刃渡りの長いナイフ、手榴弾、手榴弾に似た何か。通信機らしきもの、注射器、良く判らない薬品類、針金、ペンチ、その他色々乃梨子が見ても判らないものも出てきた。 「乃梨子ちゃん、まだ持っていないか調べて」 「わ、私がですか?」 「うん。ちゃんと下着の中まで調べるんだよ」 「ここでですか?」 「大丈夫だよ。見てる人なんて居ないし、宗子ちゃんも気にしないでしょ?」 仕方が無いので乃梨子は宗子に近づき、服の上から手を這わせて変なものを持っていないか調べた。 (あ、そういえば) 宗子の前に立ち、シャツのボタンを外して中を見た。 「あった」 胸に偽装したブラジャーに隠された拳銃と手榴弾。あと粘土みたいな……なんだこれは? 「プラスチック爆弾だね」 「げっ」 結局ブラごと没収した。
山と積まれた宗子の武器達、それから彼女の履いていたブーツも、祐巳さまが“何処か”へと回収した。 それは回収現場を見ていた乃梨子にも判らないところへ行ってしまったのだ。 ……今はそれしか言えない。
そして、教室まで連行して、彼女を学校のジャージに着替えさせ、あとは祐巳さまに任せて乃梨子は帰宅した。
――というか。
(祐巳さまがカードキャ○ターしてたり、相良宗子より強かったりしたことをいつの間にかスルーしている私って何――!?)
二条乃梨子、十六歳。夏の一幕であった。
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