[最新記事表示] [検索] [キー登録] [キー検索] [使い方] [保存コード] [連絡掲示板] [がちゃS掲示板] [このセリ掲示板]

こぼれ落ちたSS掲示板とは、まつのめががちゃがちゃSS掲示板に投稿しようとして、
諸々の事情で投稿を断念したSSや文書のカケラなどを保存するために作成したSS投稿掲示板です。
私的な目的で作成した掲示板ですが、どなたでもお気楽にご投稿いただけます。

訪問者数:46473(since:07-07-11)カウンタ壊れた……。

おなまえ
Eメール       がちゃ24 がちゃ3
題  名 key1: key2: key3:
入力欄
URL
編集キー (自分の記事を編集時に使用。英数字で12文字以内)
文字色
記事番号:へ  
 
 

乃梨子のアビリティ……。  No.119  [メール]  [HomePage]
   作者:まつのめ  投稿日:2007-09-19 01:09:09  (萌:0  笑:2  感:0)  更新日:2007-09-27 14:39:42
 残念ながらよしのんの戦闘シーンはありません。“日が昇る会社”は厳しいのです。
【Ga:2315】【Ga:2320】【Cb:114】【Cb:115】【Cb:116】【Cb:117】【Cb:118】
(混ぜ過ぎに注意)




 あの後のことは、よく覚えていない。あまりに非現実的な展開に乃梨子の脳が記憶に留めることを拒絶したのだ。
 これは聞いた話なのだけど、由乃さまは、あのASとかいうロボットの最新型二機を余裕で圧倒したらしい。というか、あの状況から戦争ロボット二体ってどういう超展開なんだ。薔薇の館の前は文字通り“戦場”だったようだ。
 志摩子さんによると、戦闘の間、乃梨子があれは敵じゃないし自分は酷い目に会った訳じゃないからもう止めてくれとしきりに訴えていたそうだけど、全然覚えていなかった。


 4−3


 18日の朝。
 結局、今度は時間が戻らなかった。
 これが良いことなのか悪いことなのか判らないけれど、『相良宗子』という人間が乃梨子の前に現れなかった事により、もしかしたら『非日常に巻き込まれる』という運命から乃梨子は逃れることが出来たのかもしれなかった。
 まあ、昨日はかなり強烈な体験をしたらしいけど、よく覚えていないし。


「リコー」
 目覚めた後もベッドの上でぐずぐずしていたら菫子さんの呼ぶ声が聞こえた。
「はーい」
 一応そう返事をした。
 今日も自主登校で、乃梨子が学校へ行くことは菫子さんも知っている。
 にしても、遅刻を心配して起こされるにしては、かなり早い時間だった。
 「なんだろう?」と思いつつ、起き上がると、
「お友達が迎えに来てるよ! 早くしな!」
「え? 友達?」
 誰だ?
 クラスメイトにも山百合会関係者にも、乃梨子の家まで迎えに来るような人間は居なかったはず。
 菫子さんの言葉が続く。
「ほら、おとつい来てた家出娘だよ。そういや名前は聞いてなかったね」
「はぁ?」
 メリッサさんだ。
 なんの用だろう?
 まさか、また誘拐しようっていうのか?
 とにかく待ってもらうように言って、とりあえずパジャマから出られる格好に着替えた。


 乃梨子は用心して、先ずドアチェーンを外さずに相手の姿を確認した。
 そして相手を見て最初に出たのは次の言葉だった。
「あんた、誰だ」
「メリッサよ。もう忘れたの?」
 そう言ってドアの向こうで微笑んでる少女は、リリアンの黒いワンピースの制服を着ていた。
 そう。一昨日会ったメリッサさんとは、確かに顔がそっくりなのだけど……。
「嘘だ!」
 乃梨子は思わずそう叫んでいた。
 なんというか、彼女をメリッサさん本人と認めるには“サイズ”が違いすぎるのだ。
 メリッサさんとは前回の『戻る』数時間前から一昨日の朝まで一緒に居たわけだけど、彼女は乃梨子より身長が高かった。並んで歩いていたときに軽く見上げて話したのを覚えている。
 それに体格もわりとがっしりしている上に、出るとこは出、締まるとこは締まっていて、いかにも『大人の女性』という雰囲気だったのだ。
 なのに、この「メリッサだ」と名のる少女は身長が乃梨子と同じかむしろ低いくらいだし、その華奢な身体は下手をすると乃梨子の方が逞しく見えるかもしれない位だった。
 菫子さんがこの、『少女』と形容できる容姿の彼女を一昨日会ったメリッサさんだと思ったのは、声しか聞いてないせいか、あるいはドアスコープから一見しただけだからだろう。
 その少女は言った。
「嘘じゃないわよ。その辺も含めて話があるの」
「話? 私にどうしろと?」
「ここじゃ落ち着いて話も出来ないでしょ? 出てくるか、そうね、また攫われるのが心配ならノリコの部屋でも良いわ」
「……本当にメリッサさん?」
 口調も確かにメリッサさんぽかった。
 彼女は言った。
「海に向かってダイブして、ノリコの部屋に落ちたでしょ?」
 なるほど、そのことを知ってるのはメリッサさんだ。でも……。
「……少なくとも関係者なのは認めるわ」
 あれからまる二日経ってるわけだから、メリッサさんがこの少女に詳しい話をしたのかも知れない。
 いずれにしても、その関係者がどういった用向きなのか?
 まあ、同居人が居るに関わらず、乃梨子の部屋でも良いと言っているし、わざわざ「攫われるのが心配なら」と付け加えているあたり、どうやら誘拐とかが目的ではなさそうだけど。
 乃梨子は、話だけは聞いてやろうという気になり、外にはこの少女のほかに他に誰も居ないことを確認した上で、玄関の扉を開けて彼女を家に上げた。

 菫子さんはリビングの奥に居たので遭遇しなかった。
 会ってしまったらこの娘、なんと言いわけするつもりだったのだろう。前に会ったのが一昨日の朝一回だけだったとはいえ、これだけ違えば菫子さんだって判るだろうに。
 それはともかく、部屋に入ってドアを閉めるなり、彼女はいきなり乃梨子に向き直り、両肩を掴んでこう言った。
「ノリコ、私を過去に連れて行ってくれ!」
「……はぁ?」
 いきなりのことで、一瞬反応が遅れた。
 彼女が言っているのはタイムリープ(菫子さん命名)のことであろう。
「なあ、頼む。もうノリコに頼るしかないんだ!」
「ちょ、ちょっと……」
 彼女は顔を間近に寄せたまま、こうなったのは乃梨子と一緒に時間を遡ったせいだとか、自覚していないだろうが乃梨子の能力に違いないだろうとか、思い切り訴えてきた。
 話をよく聞くと、どうやら時間を遡って今までにあった何かの出来事を『無かったこと』にしたいらしい。
 彼女の一通りの訴えを聞き終えてから乃梨子は冷めた視線を送りつつこう言った。
「結局、あなた何者なの? もうちょっと納得できるような話をしてくれないかしら?」
 それを聞いた彼女は乃梨子の肩を掴んでいた手を緩め、がっくりとうな垂れ膝をついて座り込んだ。
「そうよね、こんなのアタシじゃないわ……」


「……ECSってあのロボットを見えなくしたりする?」
 とりあえず話をする時間はあるので、座って落ち着いて話を聞いていた。
 彼女、自称メリッサさんは乃梨子が以前聞いたことのある言葉を出してそれを説明した。
「そう。で、原理は全く違うらしいんだけど、『マイクロECS』っていってね、一個人の外観を偽装する装置だって言われていたんだけどさ」
「それの実験台に?」
「本来なら宗介がなる筈だったんだけどね。無断外出のペナルティでさ」
「ちょっと待って。宗介って誰?」
「相良宗介。昨日会っただろ?」
 ああ、あの男のことか。あの男も相良っていうのか。良く似てるし宗子のお兄さんかな?
 などと思ったのだけど、彼女はこんなことを言った。
「っていうか、あたしらの仲間の中でノリコが一番良く会ってる人間だと思うが」
「え? 一回しか……いや、最初、一回も戻ってない時にも一回会ってるか。それだけですよ?」
「そこで話を戻すわけだが」
 いや、そこで話を戻されても……。
「訳が判りませんが」
「まあ聞きな。マイクロECSは一個人を偽装するって言ったろ?」
「はい。言いましたね」
「で、前々回ってのはあたしは戻ってないから知らないけど、前回は宗介。今回はあたしだったの」
「は?」
「判らないかな。だからその偽装の結果がこれなんだよ」
 そう言って彼女は自分の胸を叩いた。
 つまり、メリッサさんはそのマイクロECSとかいう装置で偽装してこの姿になったと、そう言いたいらしい。
「……」
「おまえ、信じてないだろ?」
 当たり前だ。
 “一個人の外観を偽装する”っていうのは、つまり変装のことではないのか?
 身体が縮む変装なんて聞いたことがない。そんなことが出来るとしたら、それこそ……。
「……」
「どうした? 急に何か嫌なことでも思い出したような顔して」
「い、いえ別に」
 それこそ“魔法でも使わない限り”、と思った時点で思い出してしまったからだ。
 確かに『あり』なのかもしれない。
 そう思えるだけの経験値を乃梨子は既に積んでしまっていたのだ。

 (自称?)メリッサさんは乃梨子に信じてもらうために、とうとう技術的な説明まで始めた。
「ECSってのはな。乱暴に言えば全方位型光学スクリーンに映像を映し出すような代物なんだ。だからそれを小型化して個人に適用しただけじゃ、姿を消す以外偽装としては役に立たない。単なる映像だからな。そこで、ラムダドライバの技術を流用して、なんっつたかな? 意識によるフィードバック? とにかく、映像に合わせて肉体自体を変化させる技術を開発したんだそうだ。ちょっとSFじみているがな」
 話が難しくなりすぎないうちに、と乃梨子は彼女の説明に割り込んで言った。
「あ、あのっ!」
「どうした?」
「あのですね、」
「ああ、判らない言葉があったか。ラムダドライバってのは操縦者の衝動や感情を攻撃や防御の力に変換する装置のことだ。ちなみに極秘だけどこれはもう実用化されてるぞ」
「い、いえ。信じましたから、その先の話をお願いします」
 信じたというか、もう『あり』とか『ありえない』とかどうでも良くなってしまった。とにかく『そんなものだ』と思う以外なさそうだから。
「……いいのか?」
「メリッサさんなんですよね? そこはもういいです。どうして過去に戻りたいのかその辺りを」
「じゃあ、相良宗子ってのは宗介の変わり果てた姿だってのもOKだな?」
「うっ……」
 ちょっと引いてしまった。
 そういや、話からするとそういう事になってしまう。
(深く考えちゃ駄目だ。深く考えちゃ駄目だ……)
 乃梨子は内心でなんとか折り合いをつけた後、言った。
「お、おっけーです」
「そうか? まあ、良いか。で、過去に戻りたい理由だったな」
「は、はい」
「さっきの技術的な話の続きなんだが、肉体を変化させるわけだから当然リスクが伴う。開発の連中の話じゃ装置を止めれば元に戻るって話だったんだが……」
「……戻れなかったんですね?」
「ああ。あたしは宗介の時戻れなくなったのを知ってたから抵抗したんだ。でもまさか別の未来を知っているなんて誰も信じてくれる訳ないだろ?」
「つまり前回はその宗介さんが宗子になって戻れなくなっていた?」
「そうだ。で今回はあたしって訳」
 それがメリッサさんが、過去に戻って今までを無かった事にしたい理由か。
(あれ?)
 と、乃梨子は引っ掛かりを感じた。
 そうだ。あれは前々回の最初に時間を遡る直前、乃梨子は男版宗子、相良宗介に会っていた。
 乃梨子はその疑問を口にした。
「でも変ですね。メリッサさんは知らないと思いますけど、前々回、私は最初宗子に会ったあと最後にその宗介さんに会ってますよ? 元に戻れたのでは?」
 つまり、誤差はあれど時間が経てば元に戻るのでは? ってことだ。
「いいや。なんか戻れるケースもあるらしいんだが、その条件をことごとく満たしていないってさ。あたしの時も宗介の時も開発者と医者から『もう戻れない』と宣言されたよ」
 前々回の宗子の時はその『条件』とやらを満たしていたってことか。
 にしても。
「戻れないって? 前回の宗子の時はともかく、メリッサさんなら放っておけば何年か後に追いつくんじゃないですか?」
 性別が変わってしまったら戻りようがないけど、肉体年齢で何年か若返っただけなら、時代がずれちゃうけどその何年か後は元通りなのではないだろうか?
「残念ながら、長らえても一生この姿のままの可能性が高いって言われてるのよ。そうそう世の中上手く出来ていないってことね」
「このままって、成長しないってことですか?」
「そういうこと。もう普通の人間の体じゃなくなってるんだってさ。全然実感ないんだけどね」
「あの、もう一回その装置を使って元に戻すとかは?」
「まあ、誰でも思いつくことだよな。試すなら、肉体がプラズマまで分解されるかもしれないこと覚悟しろだと」
「……つまりもう一回は無理?」
「唯でさえあと何ヶ月生きられるか判らないのに、1割に満たない確率に賭ける気には成れないわ」
「……」

 他人ごとみたいな軽い口調でさらっと深刻なことを言った。
 乃梨子がどう声をかけて良いか判らず沈黙していると、メリッサさんは微笑みつつ言った。
「どう? あたしの心境判ってくれたかしら?」
 乃梨子は重々しく言った。
「なんとか、ならないんですか?」
「うちの技術じゃどうにもね。だから休暇をもらって日本に来たのよ。表向きは『残りの時間を好きなように過ごさせてくれ』ってことでね」
「それでリリアンに編入して?」
「そうよ。というか、なんで乃梨子が暗くなってるの? あんたにはやってもらう事があるんだからね」
「そんなこと言われても……」
 というか、原因不明のタイムリープを頼ってこられても困るのだ。
 そもそも、一緒に時間を遡行できたとして、メリッサさんが元に戻れという保障は何処にもない。
 もしかしたら『このまま』戻ってしまうかもしれないのだ。その辺は全く判らないし何の保障も出来ない。
 メリッサさんは乃梨子からそれを聞くと、フンと鼻で笑って言った。
「やってみて損はないわ。むしろうちの技術部よりずっと見通しが明るいじゃない」
「でも、まず第一にタイムリープの仕方なんて判りません」
「何でも良いのよ。映画や小説にあったやり方でもなんでも試してみましょ。付き合ってくれるわね。というか付き合え。あたしにゃもう後がないのよ」


 「はぁ」と、ため息をつきたいところだけど、メリッサさんの命が掛かっているので自重した。
「今日は学校休みかな……」
 乃梨子が呟くと、メリッサさんがポツリと言った。
「宗介のときはね」
「え?」
「宗介が相良宗子になって戻れなくなった時は、うちの上官が“WITCH”とコンタクトを取って何とかしてもらおうって考えていたらしいわ」
「それって前回のことですよね」
「そうよ。乃梨子をさらったのもその辺がらみだった可能性が高いわ」
「私をさらって脅迫ですか?」
「さあ? 単に窓口になってもらいたかっただけかもね。でも今回はあたしだったからテッサの諦めも早くてね」
「テッサさんってあの無線で話をした方」
「そう」
 いきなり「あなたを拘束することになりました」とか言ってきた人だ。
 というか、『今回』も誘拐されそうになったのだけど。
 それを言うと、メリッサさんは意外そうに言った。
「それは知らないな。昨日の朝ってことはあたしが検査を受けてた頃か……」
 つまり今回もそのテッサさんがメリッサさんを何とかするために志摩子さんたち、――彼らに言わせると“WITCH”――とコンタクトを取ろうとしていたって事ではないだろうか? まあ誘拐は失敗してるのだけど。
「いずれにしても、あたしはまだ諦めてないよ。もし時間を戻れなくっても、あんたは“WITCH”と知り合いなんだし」
(どうかな?)
 協力してくれるかどうかも問題だけど、それ以前に、今のメリッサさんをどうにかできる能力があるのかっていう疑問があった。
 なんとなれば乃梨子が目撃したのはいずれも戦闘能力だったからだ。
 乃梨子的には志摩子さんがいとも簡単に魔法で解決してくれるのが一番望ましいと思うのだけど、安直にそうなると信じる程、乃梨子はおめでたくはないつもりだ。


 制服に着替えて家を出てから、志摩子さんに電話をして、急用があって今日は学校に行けなくなったと伝えた。
 ちなみに家を出るとき菫子さんと会ったのだけど、メリッサさんは「先日は姉がお世話になりました」と言って誤魔化していた。
 さて。
 前回タイムリープが起こった状況を検討して、そのきっかけは、乃梨子が理不尽な状況におかれて「もう嫌だ」と強く思った時ではないかという推論が成り立った。
 『理不尽』の方は意図的に起こすのは難しいので、『強く念じる』あたりから実験してみようって事になったのだ。
「何処へ行きますか?」
 一応、菫子さんの手前学校へ行くような振りをして出てきたのだけど。
「部屋で座って念じても何も起こらなかったからね」
 家から出てくる前に、メリッサさんと向かい合って座って両手を握り合い、何回も「過去へ戻れ!」と念じてみた。でも何も無かったのだ。
 もちろんメリッサさんの境遇は気の毒だと思うし、その原因の一端は乃梨子にあるとも思っている。
 少なからず責任を感じているから精一杯協力はしたいと思っている。
 でも、心のどこかで「タイムリープなんて起こせるわけない」と思っているのだろう。いまいち大真面目に「過去へ戻れ」なんて念じることが出来ないでいた。
「……すみません」
 だから、この謝罪の言葉は、タイムリープできなかったことよりも、真剣に努力できていないことに対しての方が大きかった。
 道を歩きながらメリッサさんは言った。
「とりあえず水着買ってプール行こうか?」
「……はい?」


  □


 前回からのタイムリープは飛行機から海へのダイビング中に起こった。
 だから、プールの飛び込み台か何かでそれを試してみようってことだった。

「この体型だとセパレートはいまいちね……」
 二人は炎天下のプールサイド、ではなく水着売り場に居た。
 先ずは水着を買おうって話なのだ。
「というか、私のも買うんですか? 学校の水着なら家にあるんですけど」
「まあ折角だから可愛いの選びなさいよ。予算は十分あるんだから」
 ちなみに、お金は最期ってことで組織からの支給以外に仲間のカンパが集まり、今結構金持ちなんだそうだ。
「はあ、まあいいですけど」
 精一杯協力するって決めたし、もはや付き会うしかあるまい。
「よしよし、お姉さんがセクシーな水着を選んであげるからね」
 “お姉さん”というけれど、傍目で見れば“体格の差がある同級生”か、もし制服でなければむしろ乃梨子の方が姉に見えたことだろう。


「折角来たのに、飛び込み用プールが使えないってどういうことよ!」
 今度こそ炎天下のプールサイド、ではなく都内の国際水泳場とかいう室内プールのエントランスに居た。
 まだプールサイドでは無いが、既にプール独特のカルキ臭が漂っている。このフロアには、流石に種類は少ないけど水着や水泳帽や水中ゴーグル等も売っていた。
 そのエントランスの受付前でメリッサさんが憤慨しているのは、彼女の思惑が外れてしまったからだ。
 ここは大会や選手権などが行われている立派な水泳場なのだけど、今日は個人利用客が使用できる一般開放日のはずだった。
 なのに飛び込み用プールはフルタイム団体貸切で個人一般は使用できないのだ。
 まあ、それ以前に、ダイビングプールの個人(つまり一般)利用は事前に講習を受ける必要があり、特に初心者は指導員監視の元での利用とのこと。いずれにしても勝手なマネは出来なさそうだった。

「……どうします?」
「わざわざ来たんだから泳いでいくわよ!」
 というわけで、入場券を買って入場し、更衣室で水着に着替えてプールサイドに出た。
 ちなみに乃梨子の水着は結局メリッサさんの選んだセパレート。メリッサさんは『きわどいのを着ると悲しくなる』とか言って、結局飾りのついた可愛らしいワンピースの水着を選んでいた。
「なるほど。競技用プールだけあって殆ど真面目に練習しに来てる人ばっかりですね」
 目の前には半分くらいコース分けしてあるメインの競泳用プール。その隣に高い飛び込み台の並んだダイビングプールがあった。
 ダイビングプールは団体さんの貸切だから当然そうだろうけど、目の前のプールも殆どみんな真面目に練習している雰囲気。中高生の団体さんと大人ばかりで、子供の姿が見えない。
 でもメリッサさんは奥のほうを眺めて言った。
「そうでもないみたいよ」
「あ、なるほど」
 メリッサさんの視線の先、奥を見るともう一つプールがあってそっちは子供の姿もあり、幾分混沌としていた。
 というか良く見れば、その子供達もスイミングスクールか何かのようで1コースを占有して練習しているようだった。
「まあ、こんなもんでしょ。……にしても」
 競泳用プールに向かって仁王立ちしたメリッサさんは拳を握り締めてわなわなと震えていた。
「どうかしましたか?」
「……こんな貧弱な小娘の身体じゃなかったら、あんなちんたら泳いでる奴ら纏めてぶっ千切ってやるのに」
 どうやら、変わる前の身体能力にはそうとうな自信があったようで。
「とりあえず泳ぎますか?」
「そうだね。ちなみにメインプールは水深2メートルだから足、付かないよ」
「え? それはちょっと……」
 乃梨子はあまり泳ぎは得意でなかった。学校の授業で困らないくらいには泳げるのだけど。
 だから足がつかないプールはちょっと怖い。
「あの奥のプールに行きましょ?」
「ま、この身体になってから泳いだこと無いからそうするか」

 スイミングスクールの子供達がちょっと騒がしいけど、ほとんど客は団体さんのようで一般用に開けてあるコース分けしてないスペースはガラガラに空いていた。
 貸切って程じゃないけど、これだけ空いていると中々気持ちが良い。
 二人はプールサイドで軽く準備体操をしてから、水に浸かってしばらく慣らし、その後、縦方向に端から端まで50メートルを何回か競争した。メリッサさんは悔しがっていたけど、結果は何回やっても大体同着だった。

 そして、疲れたので水から上がって少し休んだ後。
「……ちょっとやってみるか?」
「何をですか?」
 メリッサさんがやってみたいことというのは、プールサイドから助走をつけて二人で手を組んだままプールに飛び込むというものだった。
 何の為なのかは言わずもがな。タイムリープの実験である。
 当然の事だけど、ここには監視している係員もいる。
 あまり目立った行動をすれば、目を付けられてしまうだろう。
 でもメリッサさんはこう言った。
「いいか、注意されることなんて気にしないで思いっきりやるんだ」
「思いっきりですか」
「そうよ。それから『過去に戻れ』って念じるのを忘れないこと」
「はあ」
「はあ、じゃない。声を出せ」
「今ですか?」
「そうだ。じゃあ『戻れ』でも良い。さあ!」
 さあって、言われても……。
「……戻れ?」
 殴られた。
 なんというか、メリッサさんは容赦がない。
「やる気あんのか。ほら、戻れ戻れ戻れ!」
「うっ、戻れ戻れ戻れ」
「そう、もっと続けろ。戻れ戻れ戻れ!」
「戻れ戻れ戻れ!」
「戻れ! 戻れ! 戻れ!」
「戻れ! 戻れ! 戻れ!」
「そうそうその調子。忘れるなよ」
「あの、もう監視員の視線が……」
 ここは数階分の高さのところに監視用ブースがあってそこから数人の監視員が目を光らせていた。もちろんなにかあったときのためであろう、即駆けつけられる場所にも係員は居る。
 乃梨子がその視線を気にしているとメリッサさんは言った。
「そんなもの跳べれば関係ないだろ。失敗してなんか言われてもその場限りさ」
「はぁ。判りましたよ」
 協力するって決めたし。

 プールサイドの端まで移動して。
 互いに腕を組む。
 位置について。
 右良し、左良し。
 水上に障害物もなし。
「じゃあ、行くよ」
「はい」
「ヤケクソでな」
「ヤケクソですね」
 判ってますよ、と乃梨子。
「よーい」
(過去に戻って、過去に戻って……!)
 恥ずかしさを忘れるために乃梨子はもう心の中でそう唱え始めていた。
「どん」
(過去に戻れ、過去に戻れ、過去に戻れ)
 走りながら、腕を組むメリッサさんに引っ張られてる。
(戻れ、戻れ、戻れ……)
 負けじと足に力を入れて加速する。
(戻れ、戻れ、戻れっ!)
 水面まであと三歩。
(戻れ! 戻れ! 戻れ!)
 2、
 1、
 跳ぶ!
(戻れーーっっ!!)


 結構な飛距離だった。
 水平方向に4メートル位は飛んだだろうか?


 なにか異様な風景を見たような気がする。
 でも、次の瞬間そんなものの記憶は吹き飛んでしまった。

「うわーっ!」
「きゃーっ!」

 メリッサさんの受身に引っ張られて乃梨子は地面に転がった。
 そして気がつくと、そこは。
「……あれ?」
「……痛い」
 更衣室の前だった。
 打ち付けた背中も痛くてたまらないが、高校の水泳クラブだろうか、近くの団体さんの視線が痛かった。
 乃梨子が痛みを堪えていると、メリッサさんが言った。

「乃梨子、時計を見てみろ」
「え?」
「戻ってるよな?」
「……跳べたの?」
「ああ、跳べたな」


 結論を言おう。タイムリープは成功した。
 ほんの三十分程度だけど、確かに二人は着替え終わって更衣室を出た直後に戻って来たのだ。


 もちろん三十分程度じゃメリッサさんの目的は達成できない。
 メリッサさんは乃梨子を引き起こして言った。
「じゃあ、もう一回いってみようか?」
「ま、待ってください!」
「なんだよ。どうした?」
「水着のままじゃ危険じゃないですか? 飛んだときの勢いはそのままみたいだし」
 こんな肌の露出が多い格好で、もしコンクリートとか、もっと硬い地面に放り出されたら怪我をしてしまう。
「それはそんなに心配要らないと思うけどな」
「どうしてですか?」
「思い出してみろ。飛行機からノリコの部屋に戻った時は服装がその時点のものに変わっていただろ? だから外にいた時間に戻れば、外出着を着てるはずだ」
 そうか。
 水着で飛んだからって水着で放り出されるわけではないのか。
 今回こうなったのは同じ水着を着ている時間に戻ったかららしかった。

 結果。
 二回目は失敗。派手にプールに落ちて監視員に警告された。
 三回目。失敗したら退場(?)を覚悟して試行するも戻ったのは数分で監視員の警告はまた一回目だった。
 四回目。監視員を警戒して、しばらく真面目(?)に泳いでいたのが災いしたのかもしれない。結局初回ほどの飛距離も出ず、失敗した。今度は監視員が出てきて連行され、説教をくらった。何処の学校か聞かれたが、拝み倒して勘弁してもらった。
 そして「危険なことはもうしません」と誓わされて開放はされたけど、『実験』はこれ以上無理そうなので、そのまま退場することにした。

 結局、成功したのは二回だけ。出来ることが判ったってだけで、目的が達成できるかどうかは微妙だった。
「……はあ、もう二度とあのプールには行けませんね」
「プールじゃ駄目だな。もっと強力にジャンプできる条件ってのが無いと」
「そうですね…………あ」
 ここでハタと我に返った乃梨子は頭を抱えた。
「どうした?」
 メリッサさんの有無を言わさぬ強引さに流されていた上に、プールの監視員に説教されるなんて滅多に出来ない体験までしたもんだから思わず忘れてたけど、困ったことが一つ発覚してしまっていたのだ。
 つまり、乃梨子は『タイムリープできる体質』だったってこと。
 自分だけはノーマルで、“巻き込まれているだけ”っていうのが、乃梨子のアイデンティティだったのに……。

(あああ……)

 とうとう、異常なアビリティを持った人種の仲間入りをしてしまった乃梨子の、明日はどっちだ――。


さんたろう > 明かされた相良宗子誕生秘話。ミ●リルって随分マッドな集団ですね。それにしてもタイムリーパーに対して明日はどっちだとは皮肉が効いているというか何というかW (No.1497 2007-09-20 10:49:53)
くま一号 > 日昇混なの? 元ネタわからない(笑) (No.1500 2007-09-23 02:49:13)
名前  コメント  削除パス  文字色 私信
- 簡易投票 -

   
   
△ページトップへ
 
 

 

記事No/コメントNo  編集キー
  




- CoboreOchita-SS-Board -